環境にも、ビジネスにも優しい素材を目指して|産総研・機能化学研究部門・研究部門長 北本大 後編

前回はナノセルロースの「機能」に着目した商品についてお話をお聞きしました。

今回も産総研の北本大さんにお話をうかがいます。果たして、セルロースナノファイバーは地球を救うのでしょうか?

北本 大(きたもと だい)
産総研・機能化学研究部門・研究部門長。1988年通産省工業技術院・化学技術研究所入所。2005年産総研・環境化学技術研究部門バイオケミカルグループ・研究グループ長、2014年同部門・研究部門長、2015年より現職。研究テーマは、再生可能資源からの機能性化学品の製造技術。特に、バイオベース化学品の開発、および機能評価に基づく応用展開。専門は生物工学、界面化学。趣味は、トライアスロン、ウルトラマラソンなど。

『ナノ』がすべてではない

――ナノセルロースが、環境問題から考えても注目すべき材料というお話を前回うかがいました。

北本大氏(以下、北本):
「ただし、ナノセルロースだけが環境にやさしいわけではありません。

たとえば、セルロース繊維を化学的に処理して作られるカルボキシメチルセルロース(CMC)という物質があります。

これには増粘剤、つまり片栗粉のような機能があります。コスト効率がよく、安全であるため、従来から化粧品や食品を始め、さまざまな用途に使われています。

このCMCは、植物の繊維を原料としている点ではナノセルロースと同じです。

最近は,紙を細かくちぎる程度のセルロースも補強素材として使えることが分かってきました。

こうした処理を私たちは『部分ナノ化』と呼びます。『部分ナノ化』されたセルロースも、環境にやさしい材料です」

――「ナノありき」ではないんですね。

北本:
「しかし、ここを誤解しないでください。

ナノレベルまでセルロースを小さくしないと出ない性質というのはあります。たとえば、透明性はナノセルロースにしかありません。

でも、先ほど述べたように、ナノよりサイズの大きいセルロースでも、実現できる機能はけっこうありますよ、ということなんです。

構造材を補強しようとする際も、『部分ナノ化』した物質で求める強度が出る場合だってあります。

つまり、サイズによって実現できる機能がある。そのバランスを見て、研究開発を進めていけばいいということです」

――前回おっしゃっていた、「ウッドプラスチック」ですね?

北本:
「はい。実は、天然ゴムも同じ似たケースです。天然ゴムは、そのままではそれほど強くありません。利用する際は、ほとんどが補強剤を入れます。

たとえば、自動車のタイヤにはカーボンが補強剤として使われています。また、靴底に使う場合は、シリカ粒子を補強剤として混ぜます。

しかしカーボンやシリカ粒子では、重量が重くなってしまいます。

そこで、ナノセルロースを補強剤として用いることが研究されています。

こうした研究を進めていくうちに、ナノサイズよりミクロン(マイクロメートル=0.001ミリメートル)サイズのほうが、強度が高くなる場合があることがわかりました。

ナノセルロースのように、繊維1本の単位まで細かくするわけではないので、繊維が毛羽立っているのです。それが絡み合って強度を上げていたんですね。

このように、ナノサイズにこだわらず、用途に合わせて研究開発をしていけば、セルロースの活躍する場面は増えるでしょう。

結果として、石油製品が徐々に減らせるのではないか、ということです」

ナノセルロースと『混ざる』問題

――夢が広がります。

北本:
「ただし、『うまく混ぜられるか』という次の問題も解決しなければなりません」

――混ざらないんですか?

北本:
「ナノセルロースは、木から作られる多糖類です。水と相性がいい。

しかしプラスチックは水に溶けません。だから、ナノセルロースをプラスチックに混ぜるのは、水と油を混ぜるようなもので、均一に混ぜることはとてもむずかしいんです」

――今後、ナノセルロースの使用が拡大していくには、どういうことが必要なのでしょう?

北本:
「新しい素材なので、課題も多いのは間違いありません。だから、目的を明確にし、それに合わせた製造法やプロセスを考えていく必要があります。

ナノセルロースという完全に出来上がった素材があり、
『さあ、みんなでこれを使いましょう』
という単純な話ではないということは、みなさんにも知っておいてほしいと思います」

「環境にもビジネスにもやさしい」新材料が地球を救う

――コスト他、さまざまな課題を解決する技術革新というのは、今後起こりうるんでしょうか?

北本:
「あるんじゃないでしょうか? 逆に『ない』というほうがまちがいです。

それは我々にもわかりません。私たちにできるのは、使うことができる分野から使っていく。そして応用範囲を広げ、需要を少しずつでも高めていくことです。

いわゆる『新材料』というのは、最初は誰も使わないし、見向きもしないものです。

それが『値段は高いけれど使ってみるか』という人や企業が増えていき、大量生産の効果で値段が下がっていく。

これが新材料の導入モデルです。

今では基幹素材となっているプラスチックも、当初から大量に使われた訳ではありません。

最近ではカーボンファイバー(炭素繊維)が、その例です。

60年前に『軽くて強い』素材だとして世の中に現れましたが、最初は誰も使いみちがわからなかった。

ゴルフクラブのシャフトやテニスラケット、釣り竿としてボチボチ使われていたくらいです。それが超高級自動車に使われ、2006年にボーイング社が機体の大部分に使用すると発表して一気にブレイクしました。

それでも全世界では10万トンほどしか生産されていませんし、今後、鉄やアルミから主役の座を奪えるかどうかもわからない」

――しかし、ナノセルロースの普及に向けて、手本にすべき道ということですね。

北本:
「2018年に、アシックスさんがナノセルロースの『強くて軽い』機能を、靴底のミッドソールに応用したランニングシューズを発売しました。

このように今後、カーボンファイバーと同じような普及プロセスをたどっていくことができれば、未来に希望がもてると思います」

――それが環境保護にも大きな役割を果たす。

北本:
「ナノセルロースなどのバイオ材料は、それぞれがすぐれた機能をもちます。

プラスチックなど人間が作り出した材料もすばらしいですが、そもそも天然物は『神様が与えてくれたもの』です。

この本来地球上にあり、私たちの体を同じ組成のものを、もっと産業に利用できたらすばらしいと思いませんか」

――そう思います。

北本:
「たしかにコストその他の問題はあります。

また、ここまで述べていませんでしたが、現在のプラスチックの生産量を置き換えるだけのバイオマスが、果たして存在するのか、という問題もあります。

しかし、こうした問題を少しずつよい方向へもっていくために、私たち化学者ができるのは、『材料を変えていく』ことです。

それも、単に環境にやさしいだけでなく、ビジネスにもやさしくなければいけません。そうでなければ普及しないからです」

――「ビジネスにやさしい」とは単価が安いということですね。

北本:
「それだけではありません。先ほども述べたように、その材料で商売が成立するか否かです。要するに、値段に見合った『機能』があるか、なんです。

単に『新しい』とか『軽い』、あるいは『環境にやさしい』では誰も買ってくれません。

買ってくれないということは、普及しないということです。

だから、『環境にも、ビジネスにも、やさしい』材料を作らなければならないと考えています。

そうすればアイデアも投資も集まり、研究開発により拍車がかかるでしょう。

その先にあるのが、環境保護であり、持続可能な社会の実現なのだと思います」

――ナノサイズから地球サイズまで、すべてのお話が示唆に富んでいました。本日はどうもありがとうございました。
(おわり)

「夢の素材」のリアルって?|産総研・機能化学研究部門・研究部門長 北本大 前編
ナノセルロースを生かすには?|産総研・機能化学研究部門・研究部門長 北本大 中編
環境にも、ビジネスにも優しい素材を目指して|産総研・機能化学研究部門・研究部門長 北本大 後編

文/鈴木俊弘、取材・編集・写真/設楽幸生(FOUND編集部)

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