栗原 聡(慶應大学理工学部 教授)|第2回 人工知能と生きる未来
慶應義塾大学理工学部教授・栗原 聡教授インタビュー
目次
第1回 ぼくたちは本当に人工知能を理解しているのか?
第2回 人工知能と生きる未来
取材・文/河鐘基、写真/荻原美津雄、ロボティア、取材・編集/FOUND編集部
前回のお話では、人工知能(AI)が、「人間の知能」を考えることからその研究ははじまり、1950年代から紆余曲折を経て、現在へと至っている技術である、ということを学びました。
今、世界中のあらゆる機関で研究開発が進められながらも、いまだに発展途上の段階にあるのが「人工知能」なのです。
しかし未来において、わたしたちの生活に人工知能を活用したいと考えたときに重要になってくるのはその「自律性」なのだと言います。
そして、人間の生活の質を向上させる可能性をもつ「自律的な人工知能」を実現するためには、人工知能に「目的」を与えることが大切なのだ、とも語ってくれました。
でも、一体、「人工知能に『目的』を与える」とは、どんなことを意味するのでしょうか?
今回も、人工知能を専門にする慶応義塾大学理工学部の栗原聡先生に話をうかがいました。
第2回 目次
・フリーズしない人工知能をつくるために大切なこと
・想定していなかった行動を取る人工知能
・日本のAI産業の状況とは
・突破口「産学連携」
・人工知能が人間と一緒にキッチンに
・誰もが知る日本の人工知能ロボット
フリーズしない人工知能をつくるために大切なこと
人間にとっての良いパートナーになることが求められてくると語る栗原教授は、これから開発される人工知能にとって「自律性」というものが欠かせないと考えています。
自律性とは、取得した情報(データ)を元に、推論し、判断し、自ら動きに移せることです。
では自律性を持つために、人工知能の研究開発の決定打となる要素はなんなのでしょうか?
栗原教授:
「人間には、
『ご飯を食べる』
『快適な睡眠をとる』
『お金を稼ぐ』
『異性にモテる』など、
生活していく上で
さまざまな目的があります。
ただし、それらの目的は、
あくまでも『生きる』
もしくは『死にたくない』という
大元の目的から派生した
小さな目的でしかありません。
この大元の目的のことは
『メタ目的』とも呼ばれますが、
それを人工知能に与える必要がある。」
でも、なぜ大元となるメタ目的が人工知能にも必要となってくるのでしょうか? 大きな目的を持つことが、一体人工知能をどう変化させるのでしょう?
栗原教授:
「現在の人工知能は、
いくら優秀といえども
与えられたプログラム
以上には動けません。
未知の状況に陥ったときに
フリーズしてしまうのです。」
つまり、既に想定されたパターンでしか動けないというわけです。全く新しい状況や環境に対しては、適切なアウトプットを出せない。そう考えると、人間や動物が、いかに複雑かつ多様な状況に対応できる柔軟性を備えているかについて、改めて考えさせられます。
栗原教授:
「そうなんです。
人間や動物など、
地球上の生物はフリーズせずに
適応する能力があるんです。
過去の経験や情報
を引っ張り出して、
新しい環境に
自らを変化させて
見事に適応するんです。
何がそうさせるのか?
そこで出てくるのが
メタ目的=大元の目的です。
つまり、
人間や生物は、
『生きたい』『死にたくない』という
メタ目的=大元の目的が
目印となって
派生した小さな目的をつくり、
新しい行動を起こして、
進化してきているのです」
言われてみれば、確かにその通りです。私たち人間が、日々いろいろなことに思い悩んで行動したり、多様な欲と関心から行動しているのも、大元を考えてみれば、「生きたい」、あるいはそこから一段上にある欲求の「より良く生きたい」ということに行きつくような気がします。
では、メタ目的が自律性を備えた人工知能にとって必要な要素だとするならば、研究開発には、どんな視点が求められるのでしょうか?
栗原教授:
「高度IT技術と区別される、
自ら予測・判断・行動する
人工知能。
つまり、
自律的な人工知能
の登場にとっては、
『メタ目的』を
どのように
埋め込んでいくかという観点が
重要なファクターとなってきます」
想定していなかった行動を取る人工知能
ただ一方で、「目的」を与えることは非常にセンシティブな問題だとも言います。
例えば、人間が「私の気持ちを穏やかにしてください」と人工知能にお願いしたとしましょう。
すると、人工知能ロボットが肩を揉んでくれたり、歌を再生してくれるかもしれませんが、時にケンカ中の相手に危害を加えたりと、人間が想定していなかった行動を取る場合もありえるからです。
これは極端な例ではありますが、自律性を持った人工知能を生み出そうとすると、そのような「意外なハプニング」が起こる可能性が多々あるのです。
栗原教授:
「学会や産業界では、
その手の話題が非常にホットです。
適切な判断および行動というのは、
人間ですらできない場合が
往々にしてありますから(笑)。
機械で再現するとなると、
一筋縄ではいかないのは
当然でしょう。
だから、
人工知能の発展は、
危ないと言えば危ない。
しかし、
自動走行車や
サービスロボットなどにしても、
自律的判断能力が高まらないと
普及しない
という現実もあります。
安全を担保しながら
技術を進化させるためには、
今後、
企業や研究者は一丸となって、
ひとつひとつ課題を
クリアする必要があるのです」
これからの人間社会にとって、人工知能は必要不可欠なものになることは間違いないけれど、その舵取りは細心の注意が要求される。
現実とSFの境界が分からなくなるようなエキサイティングな話題が続きます。
日本のAI産業の状況とは
では、日本のAI産業の状況については、栗原教授はどんな風に捉えているのでしょうか?
栗原教授:
「いろいろな見解があると思いますが、
遅れているという指摘も聞きます。
ある面において
それは否定できない部分もあります。
その理由をひ1つ挙げるなら、
構造的な問題です。
例えば、自律的な判断をする
人工知能を開発・実用化しようとすれば、
人間が扱えない状況に陥る
可能性もありえますよね。
その時には、失敗を肥やしにしてでも
進んでいくという
パイオニア精神が必要になってくるわけです。
しかしながら、
日本はその手の新しい挑戦には
ついてまわるリスクに対して
どうしてか及び腰です」
しかしリスクを取らない日本に、人工知能分野での人材が少ないというわけではないようです。
栗原教授:
「日本には優秀な人材は多いのです。
しかし、資金サイズだけは
どうにもできない
というジレンマがある。
ディープラーニングなど、
まだまだ技術として
突き詰めていける領域がありますが、
それらには
どうしてもコンピュータパワー、
すなわち設備や機材に投資する
資金が必要になります。
となると、
資金を大量に投下する
ディープラーニングなどの技術では
米中に追従しても
勝ち目は絶対にない」
同時に、研究資金の規模も米中などに比べて小さい。しかし、日本には優れた研究者は多い。こんな状況を日本はどう打破していけるのでしょう?
「まず1つには、
発想を変えるというという方法がある。
基礎研究や理論研究に力を投じながら、
まったく新しい技術や
切り口を模索していく。
むしろ、そこに
道が開けるのかもしれません」
つまり、もっと抽象度の高い研究の方に力を注いでいくことで、その知見で世界より先んじるというわけです。
突破口「産学連携」
そして、もう1つの突破口が、日本にはあると栗原教授は言います。それは「産学連携」です。
栗原教授:
「実際、超高齢化社会など
様々な課題を見すえて、
問題意識を大学側に
共有してくれる企業は
増え始めています。
個別の認識能力をあげて
生産性を高めるなど
ビジネス的に
結果が見えやすい用途意外に、
自律的な判断を行う人工知能が
大きなビジネスチャンスになる。
そう考えはじめている企業が
増えているのです。」
近視眼的に利益を求めるだけではなく、長い目で見た人工知能のビジネスの可能性を探る。
ビジネス分野と学術分野とのこうした連携の動きは、裾野を広げ、基礎となる力を強くしていくはずです。
人工知能が人間と一緒にキッチンに
栗原教授:
「私が現在関わっている
産学協働のプロジェクトでは、
人間と一緒に料理する
アシスタントロボットの
ホンダとの共同研究があります。
目的は料理をつくるというよりも、
人工知能の
『人間を的確にアシストする能力』
を磨くこと。
私もこの研究を通じて
気が付かされたのですが、
アシスタントってとても大変で、
人間が何をしたいか
先を読み取って
事前に動かなければならないのです。
人間の段取りが悪いこともあるので、
そこまで含めて予測・判断することが
この研究で進める人工知能には
求められるわけです」
それはまさに、長らく日本のお家芸とされてきた「空気を読む」ということなのでしょう。
KYじゃない人工知能という言い方も、もしかしたらできるのかもしれません。
栗原教授:
「この共同プロジェクトもそうですが、
人間にフレンドリー
かつ適切な判断ができる
自律的な人工知能の研究は、
日本でもう始まっているのです。
成果として実れば、
世界に類を見ない、
まったく新しい
自律的な人工知能を生み出す
動きになっていくでしょう」
誰もが知る日本の人工知能ロボット
世界中で話題となっているAI産業ですが、「自律的な人工知能」という文脈からは、その扉はまだまだ開かれたばかりです。
現状では、米中など大国が先行していますが、日本の企業や研究者も、それぞれの角度から優位に立つための次なる一手を、虎視眈々と考えています。
栗原教授が、気が付かないことを教えてくれました。日本にずいぶん前から人工知能ロボットについてです。
日本には、既に文化的に根付いているフレンドリーな人工知能ロボットのビジョンがあると言うのです。
そうです、その答えは、「ドラえもん」や「鉄腕アトム」「Dr.スランプアラレちゃん」などです。
◎日本で生まれたフレンドリーな人工知能ロボット
・鉄腕アトム
・ドラえもん
・Dr. スランプ アラレちゃん など
たしかに、これらのロボットは、フレンドリーで、「空気を読む」という高度なサポートをしてくれる素晴らしい人工知能ですね。
機械は人間を脅かすものでなく、友達になれるもの。そんな日本の土壌から、人間と共生できる高度な人工知能が登場したとき、私たちの生活はより豊かに一変していく可能性を秘めているのです。
栗原教授が最後にこんなことを言い残してくれました。
「例として適切かどうかはさておいて、
古代ギリシアでは、
奴隷制度があったために
市民は労働をしませんでした。
その豊潤な時の流れに
豊かなギリシア文化は栄えたのです。
人工知能が発達し、
人間を高度にサポートしてくれる社会は、
必ずしも
機械的な社会になるのではなく
文化的に豊かな社会
になるのかもしれません」
栗原先生、貴重なお話ありがとうございました!
おわり
慶應義塾大学理工学部教授・栗原 聡教授インタビュー
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第1回 ぼくたちは本当に人工知能を理解しているのか?
第2回 人工知能と生きる未来
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