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VR技術の魔性と、未来の価値観|第2話 VR教育研究センター機構長・廣瀬通孝教授インタビュー

連載・ビジョンを触りに。
▶ 連載目次


第1話: VR技術、それだけでは中2 病?
第2話: VR技術の魔性と、未来の価値観
第3話: パラダイスから地獄まで、VR教育


未来のビジョンを探る取材を行う本連載、VRの専門家である廣瀬先生に話を聞いたところ、VRのような技術が社会に実装されるまでは時間がかかる。

そのことをして「VR技術は、それだけでは中2病」とユニークなたとえで表現してくれました。

では、このVR技術は、私たちにどのような感覚をもたらしてくれるものなのか? さらに詳しく話を聞いてみましょう。

▶ 連載目次
第1話: VR技術、それだけでは中2病?
第2話: VR技術の魔性と、未来の価値観    
第3話: パラダイスから地獄まで、VR教育


これはヤバい! VR技術の魔性

吉田:
先生の研究室のHPを拝見していて、“ヤバい”と思うプロジェクトがいくつかあったんですけど。

廣瀬:
ヤバい! それはよい意味で、悪い意味で?

吉田:
例えば「五感インターフェース」の「メタクッキー」は、本当はしょっぱいクッキーが、VRによって甘く感じるんですよね。

【メタクッキー】
クッキーに対し、視覚情報と嗅覚情報を重ねることで、クッキーの「風味」を変化させ、食べる人が受け取る味の認識を変化させるシステム。

吉田:
そうやって、人の認知が簡単に騙されてしまうことが、ショックで…。自分の五感を信用できなくなる体験って、ヤバいんじゃないかと。

廣瀬:
確かに、この辺は不用意に話すと怒る人はいます。こういうのは、価値観とともに語ってはいけない。

なぜなら、新しい技術が普及した未来には、いまとは異なる価値観が生まれている。それがいいか悪いか、いまの世代の人は判断できないんですよね。

昔、慶應大学の先生がこんな話をしてくれました。

第一次産業から第二産業に時代が移り変わったとき、農民から見ると、都市にいる人たちって何をしているのかわからなかった。作物を生産していないのに、どうして生きていけるんだろうって。

それなのに都市の人たちが繁栄して、農民はネガティブな印象を持っていたかもしれない。

同じように、今後どういう産業が支配的になるかわからないなか、研究室でやっていることがいいのか悪いのかコメントして欲しいと言われると、微妙なところです。

それが、技術が持っている魔性の部分でもあると思います。

吉田:
よい悪い云々ではなく、技術は進歩し、時代は変わっていくものなんですね。

廣瀬:
研究室のプロジェクトも、おっしゃるとおり、ヤバいと言えばヤバいです(笑)。

例えば「えくす手」は、自分の指がものすごく長くなる体験をする。

【えくす手】
自分の手の動きに同期して、さまざまな色や形、動き方に変化するバーチャルハンドに、身体所有感を起こさせるシステム。

廣瀬:
このようにVRで自分の身体が変わることによって、何か考えることが変わる場合も、きっとありますよね。

吉田:
あると思います。
もし指がいまより10㎝長くなって身体機能が変わったら、普段の生活でも、いまと違うことを意識するようになるはず。

なんでうれしくなるんだろう

廣瀬:
この「扇情的な鏡」もヤバいですよ。

【扇情的な鏡】
実際の自身の表情は変化していないのに、擬似的に表情が変化したように情報を提示、認知させ、無自覚に感情を喚起させる。表情フィードバックを用いた感情喚起システム。

廣瀬:
メンタルの状況が変わるから身体動作が変わるというのが、普通に考えられている因果関係です。

しかし、この鏡は逆なんです。

鏡に映る自分の表情をコントロールすることで、メンタルの状況が変わる。
つまり、メンタルが上がってニッコリするんじゃなくて、ニッコリする自分を鏡で見てメンタルが上がるという作用を引き起こします。

——— 試しに体験させてもらいました。

コントロールレバーの左に「Smile」、真ん中に「Neutral」、右に「Sadness」の文字。

鏡の前でレバーを「Sadness」にスライドさせると、写っている自分の顔の、眉と口角が下がり、悲しい表情になりました。

決していい気分ではありません。モヤっとして、悩みや嫌な記憶がいまにも思い出されそうです。

続いて編集長も挑戦。レバーを「Smile」にスライドさせた途端、「あはは」と笑い出してしまいました。

「自分のほっぺが上がっているだけで、なんでうれしくなるんだろう。よくわからないけど、もっと笑っちゃいますね」驚きつつも、楽しそうです。

「自分で笑おうと思って笑うと、この効果は出ません」と廣瀬先生。
まず、鏡だから自分が見ている対象は自分だという思い込みがある。

そのうえでコンピューターで表情を変えると、「自分はいま楽しい」と脳が判断し、合わせて感情が変化するのだそう。

技術が心の領域へ

廣瀬:
「扇情的な鏡」は、技術的にはとてもシンプルで、新しいものではありません。

ただし、鏡の形に落とし込んだことが新しくて、東大の総長賞をもらうなど話題になりました。

「楽しいから笑う」のではなく、「笑うから楽しくなる」という逆の作用は、認知心理学の世界では以前から言われていました。でも、説明が難しい。

こうしてシステムにして体験させると、みんなすぐに理解できます。

技術は、物理的なことは動かせても、人の心の中まではアンタッチャブルなはずでした。

しかし「扇情的な鏡」で、VRで頬を上げたりすると、結果的にある種のメンタルを誘発することがわかった。

心の領域が技術に落とし込める可能性を示した意味で、画期的でした。

気のせいが、気のせいじゃなくなる


「扇情的な鏡」の前でネクタイを試着させると、笑った顔にした方がよく売れるという実験結果があります。

こういう技術を僕は「気のせい系技術」と呼んでいます(笑)。

吉田:
気のせい系(笑)。

廣瀬:
だって言ってしまえば気のせいでしょ。

でも、ネクタイの売り上げという、計測可能な形になると、気のせいではなくなる。

いま、技術がそこまで入り込んできているのは事実です。
実際にやっていいか悪いか、その先は、社会が決めることです。

吉田:
検証して判断を下す機関などは、存在するのでしょうか?

廣瀬:
ないでしょうね。

ひとつあるのは、サブリミナル広告は禁止されています。でも、ものすごく上手い販売員は禁止されていない(笑)。

言葉巧みに高い宝石なんかを売りつける。あれも、サブリミナルに近いものがある。

「扇情的な鏡」のネクタイは、その辺に位置づけられるかもしれない。ネクタイの話は眉をひそめる人がいるけど、受け入れられやすい例もあります。

テレビ会議に「扇情的な鏡」のプログラムを入れた学生がいて、参加者がみんな笑っているんです。そうすると場が和んで、会議がいい感じに進む。これは悪くないでしょ。

吉田:
いいですね、それ!

廣瀬:
VRの基礎は90年代に概ね確立されました。目の前に3Dの物体をつくり出して、操作したり、中を歩き回ったりできるようになった。

いまは、先ほどのようにVRで手を伸ばしたり、顔を笑わせたりすることで、心にどういう影響を与えられるか研究するようになってきた。

当面はコンピューターサイエンスと心理学の間のような研究が多くなるでしょうね。

つづく

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