栗原 聡(慶應義塾大学理工学部教授)| 第1回 ぼくたちは本当に人工知能を理解しているのか?
慶應義塾大学理工学部教授・栗原 聡教授インタビュー
目次
第1回 ぼくたちは本当に人工知能を理解しているのか?
第2回 人工知能と生きる未来
「人工知能(AI)」という言葉が、わたしたちの生活の中のあちらこちらで騒がれるようになっています。
街を歩いていても、テレビやネットを見ていても、「人工知能=AI」の文字を見ない日はない、と言ってもいいくらいではないでしょうか。
ビジネスの現場でも、「人工知能」はパワーワードになっています。
世界中の多くの企業も「人工知能」に注目し、大きな力を割きはじめており、それぞれ自社での研究開発に乗り出しています。また、より専門的に、特化したベンチャー企業の躍進も目立ってきました。
でも、実際のところ、「人工知能って何?」と聞かれると、はっきりと答えるのはなかなか難しい。それに、人工知能のある未来を想像するのも、簡単ではありません。
そこで今回は、人工知能の権威である慶應義塾大学理工学部の栗原聡教授に取材を敢行。人工知能のイロハ、また現在と未来についてお話をお伺いしました。
連載OPINION|社会のココを深く掘る。 — 人工知能
第1回 ぼくたちは本当に人工知能を理解しているのか?
第2回 人工知能の未来
取材・文/河鐘基、写真/荻原美津雄、ロボティア、取材・編集/FOUND編集部
第1回 目次
・人工知能の真ん中にあるもの
・人工知能の歴史
・人工知能、「機械学習」と「深層学習」の違い
・人工知能の現状は、「知的IT技術」?
・人工知能の未来に大切なこと
・人間の生活の質や幸せを運ぶ人工知能
人工知能の真ん中にあるもの
「人工知能」という言葉は、ストレートに2語が組み合わされたもので、意味もそのまま「人工」の「知能」を表します。
では、その人工知能というものは、一体何を目指し、今、どんな状況にあるものなのでしょうか?
栗原教授:
「"人間の持つ知能"を
機械で再現する
というのが、
人工知能研究の
そもそもの目的です」
栗原教授は、ストレートにそう答えます。機械で再現する対象となるのは、「人間の知能」です。
人工知能やAIというと、コンピューターやビッグデータ、機械学習などという無機質なものを想像してしまいがちですが、実は大前提として、人間が中心にある研究分野が「人工知能」になるわけです。
栗原教授:
「しかしながら、
(人工知能を研究開発
するための土台となる)
人間の知能の仕組みやメカニズムは、
いまだすべて解明されていません。
それでも、テクノロジーの発展で
人間の知能の"一部"が
"徐々に"再現できるように
なってきました。
まだ、ごく一部であっても
人間を超える能力を
発揮できるようになったことで、
人工知能への可能性が
急激に高まりつつあるのです」
なるほど、今は、「部分的な人間の知能」が「少しずつ」のレベルで再現できるようになった、可能性を探る段階だと栗原教授は言うのです。
人工知能の歴史
では、人工知能 発展の歴史は、どのようなものだったのでしょうか? ここで、少し人工知能が歩んできた道のりをふりかえってみることにしましょう。
◎1950年代後半~1960年代 — 第1次人工知能ブーム
・コンピューターによる「推論」や「探索」が可能に
・特定の問題に対して「解」を提示できるようになった
・自然言語処理による機械翻訳に特に注力
・「迷路の解き方」や「定理の証明」など単純な仮説の問題を扱うことはできた
・さまざまな要因が絡み合っているような現実社会の課題を解くことはできなかった
↓
◎1970年代 — 冬の時代
↓
◎1980年代 — 第2次人工知能ブーム
・「知識」を与えることで人工知能(AI)が実用可能な水準に
・専門分野の知識を取り込んだ、専門プログラムが多数生み出される
・コンピューターが必要な情報を自ら収集して蓄積することはできなかった
・コンピューターに理解可能なように人間が内容を記述する必要があった
・世にある膨大な情報すべてを記述して用意することは困難
↓
◎1990年代後半 — 冬の時代
↓
◎2000年代 — 第3次人工知能ブーム
・「ビッグデータ」と呼ばれているような大量のデータを用いることで人工知能(AI)自身が知識を獲得する「機械学習」が実用化
・知識を定義する要素を人工知能(AI)が自ら習得するディープラーニング「深層学習」が登場したことが、ブームの背景に
参照:総務省『人工知能(AI)研究の歴史』より
振り返ってみると、人工知能の研究自体は、過去60年にわたって世界中で進められてきました。
2度のブーム、2度の冬の時代(革新的な発見がない時代)を経て、現在では3度目のブームを迎えているという状況です。
そして、今起こっている第3次ブームの背景には、近年コンピューターの処理能力が格段に高まったこととビッグデータを容易に扱えるようになったこと、そして、「機械学習」「深層学習」ができるようになったことがあります。
人工知能、「機械学習」と「深層学習」の違い
ここで出てきた2つの言葉「機械学習」と「深層学習」は、人工知能の全体像をつかむために欠かせないものなので、少し解説をしておきます。
実は、「深層学習は膨大な機械学習の手法の中の1つに過ぎない」のだそうです。しかし他の手法と一線を画し、たくさんのデータから法則やルールを自ら発見できるという特徴があります。
従来の機械学習
・与えられた情報(全てをプログラミングする必要なし)をベースに人工知能(AI)自ら学習し、自らルールを見つけ出す。ただし、人間が何を学習するかという定義をあらかじめ与える必要あり。
・活用される例としては、大量の「メール情報」を学ぶことで、「迷惑メール」などの自動判別が可能に。また、大量の「人の顔画像」を学習することで、画像中の顔を自動認識できる。
深層学習
・知識を定義する要素を人工知能(AI)が自ら習得する。学習する事柄自体について、人工知能(AI)自らが発見して動作可能。
・活用される例としては、ボードゲームやテレビゲームなどを人工知能に複数回プレイさせることで、ハイスコアを出す。自動運転において、人間に代わって、状況を判断して運転する。
現在は、これら、深層学習を中心に機械学習の研究を進めるためのコンピューターの処理能力が高まったことで、人工知能の精度を確保する技術が実現可能となった状況です。
そして、人間の能力のなかでも、一部能力を機械で再現できるようになったという段階です。
次のような例が挙げられます。
◎人工知能が再現できる人間の能力
・見る能力 = 画像認識
・聞く能力 = 音声認識
・言語を理解する能力 = 自然言語処理
・論理的に考える能力 = 推論など
これらを再現できるようになった能力を活用して、生活やビジネスにおいても徐々に実用化、社会実装され始めているのが、今、社会で起こっていることだと栗原教授は説明します。
ポピュラーなところで言えば、画像認識技術は「検索」や「防犯システム」などにおいて実用化が進められています。
音声認識と自然言語処理を組み合わせた製品としては、iPhoneに搭載された「Siri」やアマゾン「Echo」やグーグル「Home」などのAIスピーカーなどの認知度が高いでしょう。
人工知能の推論力の優秀性を証明した例としては、人間の囲碁世界王者を破ったグーグル・ディープマインドの「アルファ碁」が有名です。
◎実用化が進められる人工知能の例
・画像認識技術 → 検索、防犯システムなど
・音声認識と自然言語処理技術 → アップル「Siri」、アマゾン「Echo」、グーグル「Home」など
・推論技術 → グーグル・ディープマインド「アルファ碁」
人工知能の現状は、「知的IT技術」?
人間はモノゴトを見る、聞く、読む、触るなど「認識」して、メリットやリスクを「予測」「判断」し、最終的に「行動」を「選択」します。言い換えれば、人間の知能は「複合的」かつ「総合的」、そして「自律的」。
一方、現時点で人工知能が実現できているのは基本的に認識する部分のみ。栗原教授の主な研究テーマは、さらにその先にある「予測」や「判断」などを行い、自律的に「行動」を「選択」する人工知能の仕組みづくりです。
栗原教授:
「人工知能は、まだまだ発展途上。
個人的には、
認識する技術だけを指して
人工知能と呼ぶことには、
少々、違和感があります。
現段階では、
データを収集して認識する能力が、
数字から画像、音声、文字に
置き換わっただけなので、
『知的IT技術』とか『高度IT技術』など、
情報技術の延長として
捉える方が正しいと思っています。
『個々の見たり聞いたりという
能力を考えるフェーズ』と
『"知能"とはなんぞやと
総合的に考えるフェーズ』は、
まったく別物。
話題となっている
ディープラーニング(深層学習)も、
人間の認識能力を再現するための
有効な技術という立ち位置であり、
後者では決してないんです」
なんと、昨今ちまたでずっと話題になってきた「深層学習」でさえ、本来の意味での「知能」という意味では、「不十分」なのだ、と栗原教授は言い切ります。
この発言からは、人工知能が目指すビジョンが、もっとずっと高みにあることが感じられます。
人工知能の未来に大切なこと
では人工知能は、どんなレベルまでいくと、人間の知能に近づいたことになるのでしょうか?
栗原教授は、「機械学習や深層学習などの、機械の認識能力の発展が、人のような知能、すなわち汎用的人工知能を登場させるための土壌になっている」と前置きをしながら、語ってくれました。
栗原教授:
「2025年問題という言葉もある通り、
日本はこれから超高齢化社会に
突入していきます。
まず問題なのが、働き手不足の問題。
農業、漁業、建設など
あらゆる産業では
働き手不足が
さらに顕著になっていきますが、
"人間並みの判断能力"を持ち、
命令しなくても
自らの意思で
"人間の仕事を手伝ってくる
人工知能"の存在が
不可欠になってくるでしょう」
たしかに、本当の意味で、人間の知能に近いロボットなり機械が人間をサポートしてくれれば、超高齢化社会、働き手不足は、多いに解消されそうです。
栗原教授:
「その際、
人間が機械に使われる
というようなバッドシナリオが
あってもダメです。
人間を思いやり、
人間と共生するために適切な判断ができる、
フレンドリーな人工知能が
必要となってくるでしょう」
今後、さらに技術が発展していくことは間違いなく、日本の実情などを鑑みた時、新たなフェーズを目指すことが必要不可欠。
しかし、自律的な学習をしはじめる人工知能を、「どんな性質を持った人工知能」に方向付けるか、について考えることも重要というわけです。
人間の生活の質や幸せを運ぶ人工知能
自律的な人工知能は働き手不足の解消にとどまらず、「人間の生活の質や幸せ」を担保する上でもとても重要です。
「人工知能」と言うと、「仕事を奪われる」や「人間に反逆する」などネガティブなことも頭に浮んでしまいますが、当然ながら、人工知能の研究開発は、人間の役に立つものをつくることが目的です。
栗原教授は、自身が関わる「高齢化と視覚障害」という研究テーマを具体例に挙げながら説明を続けます。
栗原教授:
「高齢化が進むと、
人々の健康問題も
さらに深刻になっていくでしょう。
例えば、視覚障害。
支援体制はすでにありますが、
不十分であり、
しかも、いずれ
介助者の数にも限りがでてくる。
そこで、AIが搭載された
端末なりロボットなど
(視覚障がい者をサポートする)
新たなパートナーが必要となります」
確かに人工知能搭載のロボットが高齢者や障がい者の介助者となってくれる社会が実現したら、今ある、いろいろな複雑な問題も解決していきそうです。
栗原教授:
「障がい者1人1人、
置かれた環境は異なりますし、
突発的なことや
想定外の状況が起こったりと
事前に学習した内容だけで
対応することは不可能です。
もちろん、
学習に基づくサポートは
重要ですが、
その場その場の状況に
臨機応変に対応できる
自律性を兼ね備える
人工知能が必須となってきます」
では、人間の生活の質を向上させて、幸せを運んでくれる、より高度でより自律的な人工知能が実現するための端緒はどこにあるのでしょうか?
栗原教授はずばり、人工知能に「目的」を与えていくことだと説きます。
一体、どういうことなのか? その続きは、第2回で語っていただきます。
つづく
慶應義塾大学理工学部教授・栗原 聡教授インタビュー
目次
第1回 ぼくたちは本当に人工知能を理解しているのか?
第2回 人工知能と生きる未来
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