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eスポーツの課題と可能性 | ゲームジャーナリスト 野安ゆきお 第2話

取材・文/鈴木俊之、写真/荻原美津雄、取材・編集/設楽幸生(FOUND編集部)

さまざまな大会や、競技会で取り上げられ始めているeスポーツ。

いよいよオリンピックにも採用を検討か?
という中で、そう一筋縄ではいかない現実があるそうです。

前回に引き続き、eスポーツの現状とこれからを、ゲームジャーナリストの野安氏に語っていただきます。

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野安ゆきお(のやす・ゆきお)
1968年東京生まれ。ゲームジャーナリスト。
ファミコン時代からゲーム雑誌、ゲーム攻略本などの執筆・編集を手掛け、これまで作成したゲーム関連書籍は100冊を超える。現在はビジネス面からゲーム産業を見つめる執筆活動を中心に活動中。

eゲームのオリンピック参戦に立ちはだかる壁①


eスポーツは賞金も上がり盛り上がっているのに、なぜオリンピックへ参戦するのが厳しいんですか?

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野安:
「主な理由は3つあります。第一は「暴力性」です。

多くのテレビゲームには、格闘ゲームにしろアクションゲームにしろ、殴る、蹴る、撃つ、といった暴力描写が登場します。

現在、eスポーツにおいて、人気の高い「MOBA」(Multiplayer online battle arena。複数のプレーヤーが2チームに分かれ、敵の本拠を破壊するゲーム)や、「FPS」(First Person Shooter。武器や素手で戦う一人称視点のアクションゲーム)などは、とりわけ暴力性が強い。

このような競技が、オリンピック競技としてふさわしいのかどうか? 

オリンピック委員会の中で、大きな問題点としてクローズアップされてしまうんですよ」

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だけど、相手をやっつけたときの派手な演出は、ゲームに欠かせませんよね。

野安:
「もともとオリンピックの正式種目には、格闘技や狩猟から発展したものが多くあります。

フェンシング、レスリング、ボクシング、柔道、アーチェリーや射撃などは、みな戦いや狩りの延長です。

でもこれらは、ルールや道具によって暴力性や残虐性を取り去ることで健全なスポーツとなり、オリンピックの競技として認められているのです。

eスポーツがオリンピック競技を目指すなら、これらと同じように、ゲームから暴力性を排除する必要があるでしょう。

ところがそういった演出や効果は、ゲームの人気にも関わる重要事項です。

とすると、現在の人気ゲームがオリンピック競技になるための妥協点を見いだすには、それなりに時間がかかるでしょう」

eゲームのオリンピック参戦に立ちはだかる壁②

2つ目の理由はなんですか?

野安:
著作権です。オリンピックは、競技の映像を全世界に配信する権利を独占することで、巨大なビジネスになっています。

しかし、ゲームは私企業の製品ですから、ゲームに関するあらゆる権利はゲームの開発・販売する企業が持っている。

とすると、あるゲームがオリンピック競技に採用されたとき、その競技の映像の権利は、ゲームの開発・販売する企業が持つことになります。

これは、オリンピック委員会が放送・配信する権利を持つことで成立するオリンピック・ビジネスの仕組みと、真っ向から対立してしまうんです。

これを解決するための、すごく簡単な解決方法はあるんですけどね。ゲーム会社側が権利を放棄すればいい(笑)。

しかしゲーム会社は私企業です。オリンピックに採用されるような有力コンテンツの権利を手放すことは、ちょっと考えにくい。

この問題を解決するのは、とてもむずかしいのではないでしょうか」

eゲームのオリンピック参戦に立ちはだかる壁③

だんだん実現不可能に思えてきました。3つ目の理由は?

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野安:
「3つ目はゲーム側の問題です。現在のゲームには永続性がないんです」

永続性とはなんですか?

野安:
「テレビゲームは、はやり廃りが早いんです。
たとえば、子供たちがあるプレーヤーに憧れて、同じゲームを一生懸命やる。

ところが競技レベルが向上した時には、すでに誰も遊んでいない、などということが、十分に起こりうる可能性が考えられます。

サッカーや体操、陸上競技などのオリンピック競技では、ルールの細かな改正こそあれ、基本的な部分は今後変わらないでしょう?

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でもゲームには、この永続性がないのです」

「このゲームを未来永劫、競技種目とする」と決めてしまえばいいんじゃないですか?

野安:
「それでは、ゲーム開発の進化をはばむことになってしまう。

テレビゲームは、今までにない新しい要素をどんどん取り入れ、変化し続けることでユーザーに驚きを与え、それによって発展を遂げてきました。

それがゲームの魅力の源泉です。

時代とともにゲームが変化していくのを止めることは、誰にもできないんですよ。

なので、ゲーム業界全体としては、eスポーツがオリンピック競技を目指すことには反対はしない。

でも、自分たちのやり方を曲げてでも推進したいわけでもないかな、というあたりが本音だろうと思います」

それはなぜですか? 大きなメリットがあるんじゃないんですか?

野安:
「現在、ゲーム産業は世界全体で15兆円の売上があると言われています。

その規模は年々拡大している一方、現在のeスポーツの産業規模は入場料や放映権収入などで1000億円ほどでしょうか。

これから成長が見込める分野ではありますが、まだ全体の1%にも満たないニッチな分野ともいえます。

売上という点で、じつのところゲーム産業は、オリンピックに頼る必要などないんです」

5Gがブレイクスルーのきっかけになる?

別に、「スポーツだ」「オリンピックだ」と騒がなくても、自分たちだけで十分盛り上げられるよ、ということですね。

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野安:
「そうです。自分たちでeスポーツの大会を開き、巨大イベント化するだけでじゅうぶんなんですよ。

とはいえ、eスポーツがオリンピックを目指すことには、商業的な成功以外の意味があると、わたしは思っています。

競技性にばかり目を奪われることなく、eスポーツが持つ可能性を広く考えていくと、eスポーツがオリンピック競技になることには大きな意義があるんです」

競技性以外のeスポーツの可能性とはなんですか?

野安:
「たとえば、日本では今年から5G(第五世代移動通信システム)のサービスが開始されます。

これによって通信が超高速化、大容量化、超多数端末接続、超低遅延、超高信頼性が実現する。

テレビゲームも、大きく変化していくことが予想されています」

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こういったテクノロジーの進化は、eスポーツにどのような影響を与えると思いますか?

ゲームが、よりおもしろくなる?

野安:
「それもあるでしょうが、でも、私がもっと注目している点があります。

それは、テクノロジーの進化によって、会場に足を運ばなくても対戦することができるようになっていく、という点です。

高速通信が完全に全世界をカバーしてしまえば、情報だけが高速に移動するようになり、人が移動する必要がなくなります。

考えてみてください。これまではオリンピックに参加するためには、現地会場まで足を運ばなければなりませんでした。

つまり、大会のために人が移動する必要があったんです。

でも通信技術が発達すれば、そしてデジタルな競技であるならば、家から一歩も出なくても競技会に参加できる。

障がいのある方や、体の一部しか動かせない方など、これまで物理的に現地まで行けなかった方も、eスポーツなら、オリンピックに参加できるんです」

それは、すばらしいことが起きそうです。

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eスポーツが価値や習慣を変える?

野安:
「eスポーツには、他にもいろいろなことが変えられる可能性があります。

世界には、宗教上の理由で『肌の露出を禁じられ』たり、『男女の交流が制限され』たりする地域があります。

そんな文化圏で暮らす女性たちの多くが、オリンピックなどの大会に参加するという夢を持てないという現状があります。

でも、現地に行く必要がなくなるのなら、教義に反することなく、eスポーツのアスリートとして国を代表し、誇りをもって大会に参加できるかもしれません。

具体的に言えば、これまでイスラム圏の女性などがスポーツの国際大会で姿を見る機会は、欧米女性に比べるとまだ少ないですよね。

ですが、eスポーツがオリンピック競技になれば、彼女たちに活躍の場を与えることができるかもしれません」

これも、あまり論じられてこなかった視点ですね。

野安:
「そもそもテレビゲーム自体が、誰でも楽しむことができるように作られています。

年齢も性別も体格も関係ありません。

だから、eスポーツがさらに普及していけば、平等思想や女性解放運動に対して、大きな役割を果たせる可能性があると思うのです。

オリンピックの競技種目となり、観客の興奮を呼び起こすような『超絶技巧の披露』が人々に感動を与えられる可能性があることは、eスポーツが持つ『縦の可能性』にすぎません。

でも、eスポーツには、人々が抱える障害や差別を乗り越え、誰もが同じ条件で戦う場を与えられるという『横の可能性』も持っている。

こちらの可能性にこそ、強く注目したいと思うのです」

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従来のスポーツではできなかったことが、eスポーツではできるかもしれない。

これはぜひ、業界をあげて追求していただきたい課題だという気がしてきました。

次回は日本でのeスポーツの未来についてお聞きしたいと思います。

eスポーツはTVゲームの枠を超えるか? |第1話
eスポーツの課題と可能性   |第2話
eスポーツにもっとエンターテインメントを!   |第3話

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