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組織工学で新しい心臓と社会をつくる!?|再生医療スペシャリスト・清水達也・第1話

命を繋ぐ新しい技術として注目される再生医療は、人間の身体にもともと備わっている、ケガや病気を自ら治す「再生力」を利用した先端医療のひとつです。人間の身体には約60兆個の細胞があります。

なかでも、「体性幹細胞」「ES細胞」「iPS細胞」など、組織や臓器になりうる未分化な細胞である「幹細胞」は、現時点、また将来的に再生治療への応用が大いに期待されています。

そこで今回、再生医療のエキスパートである東京女子医科大学・先端生命医科学研究所の清水達也教授にお話しをお伺いすることにしました。清水氏は「心筋細胞シート」という心臓の働きを補助する技術を開発し、医療業界に革新をもたらしました。

最終的な目標は、人間の細胞を使って「心臓」を新たにつくること。そして、日本の医療に新たな可能性を拓くことです。清水氏が再生医療に込める思いとは?

話を聞いた人

清水達也(しみず・たつや)氏
1968年生まれ。1992年に東京大学医学部医学科を卒業後、循環器内科の医師として済生会中央病院、JR東京総合病院にて勤務。その後、東京大学大学院で分子生物学研究に従事し、1999年より東京女子医科大学先端生命医科学研究所で心筋組織再生・構築の研究をスタートさせる。2011年から同大教授。2015年度には日本再生医療学会賞を受賞。

――人間の細胞から新しい心臓をつくる…。

そんな医療の難題に挑むきっかけは何だったのか。まずその個人的なモチベーションから伺うことにしました。

清水氏は、循環器内科医として医療現場で働きながら、博士号を取るため研究を続けてきました。

研究テーマは「心筋細胞を培養しその分子的なメカニズムを解析する」というもの。しかし、その研究と医療現場の実務には大きなギャップがあり「自分のやりたいことと乖離している」と感じたそうです。

30歳を超えた頃、医者として生きるか、研究者としての道を進むかをもんもんと悩んだ結果、傾奇者のような尖った選択をします。

それは「宇宙飛行士を目指す」というものでした。というのも、宇宙飛行士は清水氏の幼い頃からの夢。悩んでいるくらいであれば、やりたいことをやってみようと思い立ったと言います。

しかし、現実はそう上手くはいきません。応募要項を取り寄せ書きはしたものの、家族の許可が必要に。当時、清水氏には1歳と3歳の子供がいましたが、両親を含め「馬鹿な事言ってんじゃないよ」と押し止められたと言います。夢を思いとどまった清水氏ですが、「一旦、夢を追おうと考えると、普通の道で生きていくのが物足りなくなった」と当時を振り返ります。

そこで、改めて「医療に携わる者として何か新しいことはないか」と模索していた頃、海外で再生医療が始まろうとしていました。清水氏はその新しい医療の動きに刺激を受けたと言います。

清水氏:
肝臓や骨など人間の組織や臓器に再生する能力があるということが、少しずつ明らかになり始めていました。さすがに、トカゲのしっぽが勝手に再生するのとはワケが違いますが、人間にも似たような再生力がある、と。

正確には再生というよりは“再構築”するというニュアンスが強調されていて、その工学的なエンジニアリングのエッセンスに興味を抱きました。

分かりやすく言えば、人間の身体をプラモデルのように新たにつくるというイメージ。モノづくりの自由な発想で組み立てていくというものです。

そこで日本でも情報を探していたところ、東京女子医科大学の岡野光夫教授が2次元に培養したシート状の細胞を重ねるというコンセプトを発表し研究を続けてらっしゃいました。

私は心筋の培養をしていて研究過程では動物の心臓細胞をバラバラにしてきましたが、その逆が出来る可能性があると知ったのです。

細胞を組み立てるという発想はカルチャーショックでしたが、同時に“これだ”と思いましたね。宇宙の次はこれだ!と(笑)」

ーー なお、清水氏らの研究分野は「組織工学」、英語では「ティッシュエンジニアリング」と呼ばれています。

「堅苦しいので、巷では再生医療という呼び方でひと括りにされている」(清水氏)ものの、人間の身体を工学やモノづくりの立場から再生・再構築しようという専門学問領域のひとつです。

清水氏
組織工学では、細胞はあくまで“材料”のひとつ。それをエンジニアリングのアプローチで、臓器や組織として再構築していく。

ただ、その際にロボットなど無機物を組み立てるようなイメージでやると失敗してしまいます。理由は材料が生きているから。普通の工学との違いはそこですね。

例えば、人間の臓器は単純に3Dプリンターでつくることが難しい。酸素と栄養を常に供給したり、老廃物を除去しなくてはなりません。身体全体では血液や血管がその役割担いますが、同様の仕組みを入れ込まないと成立しないのです」

ーー 生きた細胞を材料に人体のパーツをつくっていく。そんな清水氏らの研究成果として開発されたのが、「心筋細胞シート」です。すでに臨床でも使われている同シートを分かりやすく説明するならば、心臓に貼る湿布のようなものだと清水氏は言います。

ただ「効果がなくなるのではなく、持続的に心臓の動きをサポートしてくれる湿布」です。心筋細胞シートは様々な物質を放出し、血管を伸ばしたりなど心臓を元気にするよう作用します。

清水氏:
心臓の壁は1cmほどあります。本当に心臓に近いものを生み出そうとすると、現在のシートを300枚ぐらい重ねないといけない。とはいえそこまでいかずとも1mm、枚数換算で30枚ほどあれば心臓をサポートできます。

バラバラの細胞を注射するというようなことが臨床で始まっています。さらに組織工学の世界では、心筋細胞シートのように2次元の薄い組織をつくって患者に提供することも始まっています。

将来的に、臓器を丸ごと再構築するというようなことが目標に掲げられ、世界各地で研究が進められています

ーー  現在の医療界では、臓器の機能を補完する最終的な治療法は「臓器移植」になります。臓器移植は大変ではあるものの、効果的な免疫抑制剤が多く商品化されてきた経緯もあり、移植をしたとしても普通の生活を営めるようになる人もたくさんいます。

しかし一方で、免疫が合わず健康に支障をきたしてしまう患者も少なくありません。また、臓器移植は「誰かの臓器を待たなければならない医療」です。極端な言い方をすれば、提供する側にも大きな負担がかかります。清水氏は、それら医療の現状を変えていかなくてはならないと考えています。

たしかに、“新しいパーツ”としての臓器を、自分の細胞から、誰にも負担を与えることなく自由につくれる技術が確立すれば、健康や生命というテーマに新たな道が拓けるかもしれません。

清水氏:
「私どもとしては今、心臓、腎臓、肺、肝臓などのパーツを再構築する技術を開発したいと考えています。

ただ、脳に関しては触れない方が良いというのが私の意見です。脳の再生というのは人格や『人間とは何か』という哲学にも抵触する。慎重な議論が必要な分野だと思います」

つづく

再生医療スペシャリスト・清水達也インタビュー

組織工学で新しい心臓と社会をつくる!?  第1話
組織工学で新しい心臓と社会をつくる!?  第2話

取材・文/河鐘基(ロボティア)、写真・編集/ 鈴木隆文(FOUND編集部)

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