見出し画像

日本人が意外と知らない温泉の歴史と未来 温泉専門家・石川理夫氏インタビュー・前編

世界の温泉の歴史を数千年前にまで遡って調査を進めてきた石川氏。日本の温泉にはもともと、「娯楽」や「慰安」という用途以外にも、「宗教的な聖地」としての存在意義があったと説明します。

自然が与えてくれた恵みであり奇跡であった温泉は、人々の崇拝と愛を集める“特別な場所”だったのです。

■ 話を聞いた人
石川理夫(いしかわ・みちお)氏


宮城県仙台市生まれ。東京大学卒業後、出版社勤務を経て起業。世界各地の温泉を調査した知見をもとに温泉評論家に。日本温泉地域学会会長。著書に『温泉の日本史‐記紀の古湯、武将の隠し湯、温泉番付』(中公新書)、『温泉の平和と戦争』(彩流社)、『本物の名湯ベスト100』(講談社現代新書)など多数。

石川氏:
「医薬品がない時代に、温泉は病気の予防や治療の為に定期的に活用されていました。いわゆる“湯治”ですが、その文化は古代から戦前まで続いてきました。また日本では、古くから温泉の近くに『温泉神(ゆのかみ)』を祀る風習がありました。

平安時代の公文書には、全国に10社ほど温泉神を祀った神社があったと記録されています。江戸時代には戦乱が終わり、交通網が整備され、湯治旅行が流行します。当時は関所を越えるのに許可が必要でしたが、大名、一般市民も“湯治願い”を役所に出して温泉を目指して旅行にでかけました。


当時、関所を越えことは難しかったのですが、湯治願いと寺社詣は寛容に許されていた。これは非常に興味深い歴史的事実です」

ちなみに、昔は宗教的意味合いが強かったから、温泉は全てタダだったのかという疑問も湧きますが、答えは「NO」のようです。

石川氏によれば、「タダのところも多かったが、入浴料は取らずに宿代を取る」というパターンが徐々に定着していったと言います。日本各地の温泉は周囲に住む人たちが共同管理する場ですが、そこに各地から人が集まってくると、飲食や宿などに自然とお金が落ちます。

そうして「湯銭」という、現代で言うところの入湯税のようなものが生まれたと言います。

湯銭は藩主に献上されますが、これはとても喜ばれた。そのため、藩主も温泉をとても大事にしました。

例えば、建て替えのお金を提供したり、庶民向けの共同浴場を建ててあげたりですね。鳥取藩など、温泉や宿場を直営で運営する藩もありました」

そう聞くと、温泉をマネタイズしようという試みはかなり昔からあったことが分かります。さて、温泉神を大事にする風習は明治頃まで残っていたといいます。

しかし、やがて掘削機械など技術が発達すると、人々の中にあった温泉への信仰や愛が徐々に薄れていきます。大地の恵みではなく、「掘れるもの=つくれるもの」になってしまったからです。

石川氏:
「温泉への愛と利用率の高さでいえば、日本人は世界有数。いまでも変わっていませんが、明治維新以降、温泉への慈しみの心は徐々に薄れていってしまった。

さらに戦後になると、温泉への接し方はさらに劇的に変化していきます。高度成長期頃からは、会社の慰安旅行、男性主導型の団体旅行という形になりまして、日本の大観光温泉地である熱海や別府などが1955年~60年代に賑わいを見せました。

1970年代頃になると、女性雑誌でもシンプルイズビューティフルというような自然主義が台頭してきて、温泉のニーズにも少しずつ入り込み始める。いわゆる秘湯と呼ばれる、お湯や自然環境が良い“ひっそり一軒宿”に旅行客が流れる傾向があり、80年代、90年代にも続いていきます」

ここ20年ほど前からは「男性の一人旅も徐々に増えてきている」と石川氏。現代はストレス社会ですが「世の中に溺れていてはまずい」と感じている人々が、温泉を逃避先もしくはリフレッシュ先として利用する頻度が増えているということかもしれません。

石川氏:
「温泉地という『場』が持つ空気は特別です。裸の付き合いですから、訪れた人同士に利害関係も無い。日常とは違って、互いに自由で会話やコミュニケーションが円滑になる。湯治には、そもそもそのような精神的な癒し効果も含まれていますが、ストレスに冒されている現代人にとっても貴重な場所だと思います」

ところで、日本の温泉文化と世界の温泉文化に違いはあるのでしょうか。こちらも気になったので、石川氏に聞いてみました。

「海外に行きますと、温泉は大陸型英米型にはっきり分かれます。英国はもともと温泉が少ないのですが、温泉嗜好は20世紀初頭の海水浴ブームのあと完全に廃れました。米国も似たり寄ったりで、現在ではいわゆるスパになってしまいました。

温泉に美容やヘルシーメニューがついてトータルで楽しむ。別に温泉にはこだわらないという形です。一方でアジアやドイツ、フランス、イタリア、旧東ヨーロッパ、ロシアまで含む大陸型は、日本と同じように湯治型のこだわりが残っています」

つづく

取材・文/河鐘基(ロボティア)、写真/荻原美津雄、取材・編集/鈴木隆文(FOUND編集部) 

石川理夫氏インタビュー

日本人が意外と知らない温泉の歴史と未来 温泉専門家・前編

日本人が意外と知らない温泉の歴史と未来 温泉専門家・後編

株式会社FOLIO
金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第2983号
加入協会:日本証券業協会、一般社団法人日本投資顧問業協会
取引においては価格変動等により損失が生じるおそれがあります。
リスク・手数料の詳細はこちら
・本コンテンツは一般的な情報提供を目的としており、個別の金融商品の推奨又は投資勧誘を意図するものではありません。
・掲載した時点の情報をもとに制作したものであり、閲覧される時点では変更されている可能性があります。
・信頼できると考えられる情報を用いて作成しておりますが、株式会社FOLIOはその内容に関する正確性および真実性を保証するものではありません。
・本メディアコンテンツ上に記載のある社名、製品名、サービスの名称等は、一般的に各社の登録商標または商標です。