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日本人は、バフェットに学べ|経済・経営ジャーナリスト・桑原晃弥 後編

取材・文/鈴木俊之、写真/荻原美津雄、取材・編集/設楽幸生(FOUND編集部)

世界一の投資家、ウォーレン・バフェットについての連載も、いよいよ最終回です。

今回は、私たちがバフェットから学べることについて、投資をしている人もそうでない人も参考になりそうな話をうかがいました。

前回に引き続き、バフェットを研究している経済・経営評論家の桑原晃弥さんにお話を聞きました。

桑原 晃弥(くわばら てるや) 
1956年、広島県生まれ。経済・経営ジャーナリスト。慶應義塾大学卒。トヨタ式の普及で有名な若松義人氏の会社の顧問としてトヨタ式の書籍やテキストなどの制作を主導する一方でスティーブ・ジョブズやジェフ・ベゾスなど成功した起業家の研究をライフワークとし、人材育成から成功法まで鋭い発信を続けている。著書に『スティーブ・ジョブズ名語録』(PHP研究所)、『ウォーレン・バフェット巨富を生み出す7つの法則』(朝日新聞出版)、『トヨタ式5W1H思考』(KADOKAWA)、『1分間アドラー』(SBクリエイティブ)、『amazonの哲学』(大和文庫)などがある。

もっとも伝えたいのは「彼がどう生きたか」

――桑原さんがバフェットを盛んに紹介しているのは、彼の株式投資を伝えたいからですか?それとも人間性?

桑原:
「いえ。それより、バフェットのお金に対する考え方、生き方です。これを日本の人たちに伝えたいと思ったんです。

彼の投資術を真似するのは難しいし、世界的な富豪としてのふるまいや交友関係などは、参考にしたくてもできません。

しかし、彼が『オマハの賢人』と言われるまでになった生き方は学ぶことができるはずです。

たとえば彼は、青年時代の経験から、
『尊敬できる人の下で働きましょう』
『仲間はよく選ぼう』
といった警句を発しています。

お金に関しても、
『入ってきたお金よりも少なく使おう』
『お金のために仲間を切り捨てるのは辞めよう』
など、たいへん単純明快です。

そして、この単純明快な行動原則を早いうちに身につければ、誰でも成功を手にすることができる、と言っている。

こうした人生訓を学んでほしいんです」

――日本では投資に関心がある人以外はほとんど、バフェットを知りません。

桑原:
「投資を知らないどころか、毛嫌いしている人にとっても、
『どうすれば、お金に困らない人生を送ることができるか』
『どうすれば人生を豊かにできるか』
という命題は普遍的です。

そして、バフェットの生き方から学べるのは、まさにこの部分なのです」

――桑原さんのご著書『伝説の7大投資家』(角川新書)を読むと、バフェットは、他の投資家に比べて、実におだやかな人生を送っています。

桑原:
「彼の人生には波乱万丈がないんです。スキャンダルもない。

普通の人々ですら、大失敗をしたり復活を遂げたりするものです。ましてや伝説の投資家と呼ばれる人なら、なおさらです。

たとえば、ジェシー・リバモアという20世紀初頭の投資家などは、3度破産し3度復活し、4度目の破産で悲劇的な最期を迎えます。

ところがバフェットに、そんなことは一度も起きていない。

もちろん、バフェットがすべての投資に成功したわけではありません。手痛い失敗もしている。

しかし失敗を見越して、自分の体力の範囲内でしか投資をしていません。だから、トータルとして成長を続けているんです。

たとえば、彼が経営するバークシャー・ハサウェイ社は、元は繊維会社でした。

1960年代の米国でも、繊維産業は時代遅れの最たるものでした。

しかし、若き日のバフェットは、自分の立てた原則に基づいて株を買い集め、経営権をにぎります。

ところが、どんな立て直し策でも業績は回復しなかった。彼は斜陽産業の企業の株はやはりだめなんだということを学び、テコ入れ策を考えます。

そして、バークシャー・ハサウェイ社を繊維業から撤退させると、保険業や投資業などに進出して多角化を図りました。

これが奏功して、前述したような世界第5位の企業に成長するわけです。

今や、バークシャー・ハサウェイ社の株主総会は、4万人以上が集まり、世界中に発信される一大イベントです。

バフェットは自ら演壇に立ち、どんな質問にも答えます。時間を区切ったりしません。何時間でも対応すると言っています。

ただし株価の予想と推奨銘柄の発表はしません。それでも人々は、バフェットの話を聞くためだけに、オマハに集まります」

――そういえば、バフェットとランチを食べる権利がオークションにかけられ、毎年1億円以上で落札されると聞きました。

桑原:
「米国でバフェットがこれほどもてはやされるのは、米国人がもつ3つの心のよりどころを実現しているからだと考えています。

まずは、よき生き方や人生訓などの源流とされている、ベンジャミン・フランクリンの系譜。

次に「鉄鋼王」として大成功をおさめただけでなく、慈善事業家としても名高いアンドリュー・カーネギーからの流れ。

そして最後に、アメリカン・ドリームの体現者である、という点です。

バフェットは親から財産を受け継いでいません。ゼロから世界有数の富豪となったからです。

日本での一般的な知名度が高くないのは、この3つの流れが米国特有であるために、いまひとつピンとこないということも、理由に挙げられると思います」

日本はバフェットに学ぼう

――日本とは縁がうすいのでしょうか?日本企業には投資しないという噂を聞いたことがあります。

桑原:
「いえ。バフェットは福島いわき市の工作機械メーカー『タンガロイ』社に投資をしています(2008年、タンガロイ社は、バークシャー・ハサウェイ社の買収したIMC〈International Metalworking Companies B.V.〉傘下となっている)。

そして2011年11月には、タンガロイ社の新工場竣工式典のために初来日を果たしています。

彼は日本や地震に対する偏見や風評に一切耳を貸さず、信念のみに従って『世界にとって必要な企業だ』と判断したわけです。

また、こんなアピールも行いました。

『私たちは、連絡をとってくれる日本人、日本の企業を待っているのです。ぜひ私たちに電話をかけてきてください』

彼のこの行動は、世界中の投資家に影響を与えました。

『バフェットが投資し、しかも出向いているのだから、日本はもう大丈夫なのだ』というわけです。

『日本はもうダメだ』という声まで聞こえていた頃でした。

実際、引き上げた外国企業もありました。海外逃亡した日本人すらいた。

だからこそ、バフェットの行動は、日本人としてとてもありがたいと私は感じました」

――同感です。

桑原:
「このような行動ひとつとっても、バフェットというのは人間のあるべき考え方、なすべき行動について、さまざまなことを教えてくれるのです。

バフェットの言動に学んだのか、イーロン・マスクも東日本大震災の後に訪日して、福島県相馬市に太陽光発電設備を寄付しています。

また、Facebook社は被災者が連絡をとりあえるよう『災害用伝言版』を急きょ開発し、その後『災害時情報センター』という機能にまで発展させました」

――ここまで影響を受けた人物として海外の経営者の名前がたくさん出てきました。日本の経営者で影響を受けた人は?

桑原:
「日本の経営者でバフェットの影響を口にする人はあまりいません。やはり『彼は投資家だ』という認識が強いのでしょう。

また、バフェットを熱心に読んでいる方でも、バフェットとGAFAとのつながりなどはあまり意識されていないように感じます」

――投資家に対してよい印象をもっていないからでしょうか? スキャンダラスに報じられることが多い気がします。

桑原:
「そうですね。また日本の投資家でバフェットに比肩できるほどの成功者がいないということもあると思います」

――お金に対する考え方や態度も潔い。非常に腑に落ちるし、学ぶべきだと思います。あまり顧みられないのは残念です。

桑原:
「日本にはお金をもうける(利益を出す)ことがよいことではないと考える人が多いのかもしれません。

たとえばトヨタ自動車は年間2、3兆円の利益を出しています。しかし、そのために尊敬されるということはあまりない。

逆に、何か悪いことをしているんじゃないかなどと勘ぐるふしもある。でも常識的に考えて、悪いことをしてそんなに莫大な利益を出すことなんかできません。

実は、日本企業に特徴的なのが、『利益率の低さ』なんです。だから外国の投資家からすると投資対象として考えにくいと言われることもあります」

――トヨタから学んでいる企業は少ないんですか?

桑原:
「日本以外の企業はトヨタ自動車から熱心に学んでいます。

何度も登場しますが、GAFAは軒並みトヨタ自動車をお手本としました。

たとえば、故スティーブ・ジョブズは、『トヨタ式』の信奉者でした。『トヨタ式』の工場を造ろうと本気で取り組んでいたほどです。

その後、ティム・クックをApple社のCEOに着けたのも、彼が『トヨタ式』のプロフェッショナルだったからです。

ジェフ・ベゾスは『なぜなぜ分析(「なぜ」を五回繰り返す5W1H)』の信奉者です。

イーロン・マスクも、トヨタ式の工場で電気自動車を造ることを望んでいました。

すばらしいのは、アイデアの出所を問わない点です。彼らはこの20年で世界にイノベーションを起こした。

一見、すべて自分たちで考えたかのように見えますが、現実にはバフェットやトヨタといった、もともと自分たちの文化ではなかったけれども、『これはよい』と認めたものを持ってきて、今を作り上げたのです。

これは大いに学ぶべき態度だと思います」

本物だけがもつ力

――最後にもう一つお聞きしたいと思います。バフェットの言葉というのは、なぜ魅力的なんでしょうか?

桑原:
「投資家だけではありませんが、やっぱり現場から出てきた言葉だからだと思います。本物なんです。

先日、イチロー選手が引退会見を行いましたが、彼の言葉も魅力的でした。それはやはり、彼自身が成功と失敗から学び、つむぎだした言葉だからでしょう。

バフェットの信奉者には、彼の言葉に魅せられている人がたいへん多いようです。

訳知り顔で発する空虚な言葉ではなく、すべて自分の経験から出てきた言葉なので、多くの人の心を打つのでしょう。

さきほど、バークシャー・ハサウェイ社の株主総会について述べましたが、彼らはバフェットが書く『経営者からの手紙』も心待ちにしています。

そこには、経営者として自分の会社について、『この1年に何があったか』『これからどうしたいか』といったことが、すべてバフェット自身の言葉で書かれています。

Google社はこれを真似たんです。小さなことですが、ここにもバフェットの影響力の強さが感じられます」

――本日はありがとうございました。

明日から私たちも「オマハの賢人」の一挙手一投足に注目したいと思います。
(おわり)

ウォーレン・バフェットとは何者か?|経済・経営ジャーナリスト・桑原晃弥 前編
投資に大切な「能力の輪」とは?|経済・経営ジャーナリスト・桑原晃弥 中編
日本人は、バフェットに学べ|経済・経営ジャーナリスト・桑原晃弥 後編

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