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ベトナムのビジネス、今とこれから |ベトナム経済研究所 守部裕行 第3話

取材・文/鈴木俊之、写真/荻原美津雄、取材・編集/設楽幸生(FOUND編集部)

様々な国の、様々な会社が進出しているベトナム。

これからますます活気のある国になりそうです。今回は、ベトナム経済の現状と未来について、前回と同様にベトナム経済研究所の守部所長にお話を伺います。

守部裕行(もりべ・ひろゆき)
ベトナム経済研究所 所長、公益財団法人 ベトナム協会理事。1972年に日本貿易振興会(現在の日本貿易振興機構)に入会し、2011年退職。国内では経理部、企画部、機械技術部(現在のものづくり産業部)、貿易開発部(現在ビジネス展開支援部)などを経験し、2008年に貿易投資センター長(現在お客様サポート部)から赴任。2011年ハノイから帰任後退職。海外勤務としては、ナイジェリア・ラゴス事務所長、スリランカ・コロンボ事務所長、ベトナム・ハノイ事務所長などを経験。

ベトナム人が大切にする「いま」と「これから」


――前回、米国が人気だという話が何度も登場しました。

しかし両者は以前、敵同士でした。

ベトナムの人々の中に遺恨のような感情は残っていないでしょうか?

守部裕行氏(以下、守部):
「ベトナムは米国だけでなく、有史以来、幾たびも中国に侵攻され、近代に入ってからはフランスによる植民地支配を受けました。

ただし、そのたびにはねかえしてきた。

第二次世界大戦末期には、日本軍による食糧徴発と凶作等が重なり、200万人が餓死するという困難に直面しました。

日本はたいへんな迷惑をかけたのです。

このことはベトナムの中学校の教科書に記されており、それを読んだ中学生たちの対日感情が悪化しても不思議ではありません。

しかしそうなっていない。

というのは、次のページに『日本は戦後復興を果たした。世界有数の経済大国になった。それは官僚が優秀だったのもあるが、国民が規律正しく、時間を守り……』といったよい側面も記してあるからです。

ベトナム人は『いま』をとても大切にします。

『刹那的』とも言えますが、過去にこだわらず、いまとこれからを充実させるために知恵を絞ろうとする。

これがフランスにも日本にも米国にも悪い感情を抱いていない大きな理由だと思います。

ただし中国は別です。

隣接国であり、最大の貿易相手国ですが、私がベトナムの方から聞いた範囲での話ですが、中国が好きだという人はあまりいない印象です」

――基本的には、おおらかで未来志向なんですね。

守部:
「そのせいか、若い人の多くがベンチャー企業を志向しているのもベトナムの特徴です。

ベトナム人は数学に強いので、初期投資が少なくて済むIT系の起業が盛んです。

一番大きいのはFPTソフトウェアです。

FPTコーポレーションの子会社で、ハノイに本拠地を構えています。

システム開発のアウトソーシングを手掛け、従業員1万3000名、売上2億7300万ドルにまで成長しています。

日本はもちろん、全世界各地に支店があります」

――どんなふうに資金を集めているんですか?

守部:
「ベトナムは社会主義国です。国営企業や官僚が、政府の情報をにぎっている。

彼らがその情報をもとにして不動産に投資し、それでもうけたお金を、さらに投資しているようです」

――投資が滞るようなことは?

守部:
「可能性としては否定しませんが、今は考えにくいですね。

起こりうるとすれば、対米黒字国を叩いている米国から経済戦争を仕掛けられることです。

工場を中国からベトナムへ移した企業が多く、対米黒字額は中国、メキシコ、日本、ドイツに次いで第5位ですから。

しかし中国と隣接しているベトナムを敵に回すことはしないでしょうし、今回の米朝首脳会談の会場に選ぶくらいですから、信頼もしていると思います」

ベトナム経済のピークはまだ先にある


――これまでのお話を総合すると、ベトナムはこれからどんどん伸びていく国だと感じます。

守部:
「これから人口も増えるし、中位年齢30歳という若さから考えて、発展するのはまちがいない。

それに外国資本の導入に積極的です。外資企業の輸出に占める割合は7割を超し、420万人のベトナム人が外資系企業で働いています(2017年)。

このような動きを、従来は製造業が引っ張ってきました。

日本の食品メーカーである『エースコック』など、ベトナム人は自国のブランドだと思い込むほど浸透しています。

しかし現在はサービス分野の進出が目立ちます。外食産業やスポーツジムなどです。

教育熱心だという話をしましたが、『公文式』の公文教育研究会もあちこちで教室を開いています。

さらにこれからは農業の近代化に進むと予測しています」

――工業、サービス業ときて、次は農業ですか?

守部:
「もともとベトナムは、世界第5位のコメの生産量をほこる農業国であり、人口の7割が農業従事者です。

ということは、農業の生産性を向上させればベトナム経済の足腰はさらに強靭になる。

少し前までは牛馬で田を耕していましたが、それが耕運機になり、トラクターになりました。

そして一部では、海外の技術協力で、ドローンなど最新のアグリテックを利用した農業を展開するこころみも開始しています」

――すべてがバラ色に見えますが、課題は?

守部:
「中心となるのは国営企業ですが、その生産性が低い。そして腐敗の温床となっているケースが多いようです。

近年は活発に摘発が行われています。ただしどこの国でもそうであるように、しがらみが多く、なかなか進んでいないのが現状です。

有望な国営企業はありますが、公開されている財務指標が信用できない場合も多い。

さらに投資を呼び込むには、ここを改善しなければならない。
もうひとつは『ものづくり』です。海外から部品や原料を調達して組み立てることはできますが、材料から部品や製品をつくる技術がありません。この育成が十年来の課題になっています」

日本が友好な関係をたもつには?

――TPPが2018年12月に発効しました。日本とベトナムの関係はどのようになっていくでしょうか?

守部:
「日本は少子高齢化で労働人口が減少しています。

一方、ベトナムには若く優秀な労働力がある。TPP圏内であれば行き来が容易になります。

両国にとってメリットは大きいと思います」

――それは安心しました。

守部:
「ただし心配事があります。外国人実習生の問題です。

長らく主力だった中国人に代わり、最近はベトナム人が多くなりました。現在では中国人の倍近い人数です。

ところが最近、来日した実習生が逃亡、自殺、強盗などの事件を起こす悲惨な事例をたびたび目にするようになった。

分母が大きくなった分、来日外国人犯罪者数も1位になってしまった(2017年)。

懸念するのは、これらのことが日本、ベトナム両国国民に誤解を招きかねないという点です。

今はSNSの時代です。悪い情報はすぐ拡散する。安い労働力だとこき使うような企業が増えると、ベトナム人が来日してくれないという事態だって考えられます。

私は、日本側の受け入れ企業に、ベトナム人技能実習生を、同僚であり、将来のお客様であると意識してほしいと思っています。

そうしないと、日本は重要なパートナーであるベトナムの支持を失いかねません。

日本政府自体は、ベトナムとの交流にとても力を入れています。

この10年で国賓を3人も迎えたのはベトナム以外にありません。

先ほど述べたように、韓国はベトナム進出にたいへん積極的で今では大きな勢力になっています。

また、中国はベトナム最大の輸入先です。中国は重要な経済パートナーです。
このようなライバルたちよりも、やっぱり日本と手を組みたいと思ってもらう。そういう関係をぜひ維持していきたい。

――お話を聞いて、ベトナムが好きになった気がします。コンビニで働くベトナム人の店員にも親切にしなければ。

本日はどうもありがとうございました。
(おわり)

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