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これからの外食産業に必要なこと|亜細亜大学経営学部 横川潤 第4話

取材・文/鈴木俊之、写真/荻原美津雄、取材・編集/設楽幸生(FOUND編集部)

3回にわたって外食産業業界に詳しい横川先生に、業界の「過去と今」について語っていただきました。

決して明るい話ばかりではありませんでしたが、この先の未来はどうなのでしょうか?

最終回は外食産業の未来について語っていただきます。

横川潤(よこかわ・じゅん)
1962年長野県諏訪市で生まれ、東京都国立市で育つ。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科教授。慶大法学部法律学科卒、同大学院修了後、1988年~1994年NY在住。ニューヨーク大学スターンスクール・オブ・ビジネスでMBA取得(マーケティング専攻)。主著に『錯覚の外食産業』(商業界)『絶対また行く料理店』(集英社)『東京イタリアン誘惑50店』(講談社)『美味しくって、ブラボーッ!』(新潮社)など。日本フードサービス学会副会長。

キーワードは「創業者」が「陣頭指揮」

――現在、踊り場状態にあり、問題も多い外食産業ですが、それでも多くの経営者、現場の方たちががんばっていらっしゃいます。先生が注目している企業などはありますか?

横川潤氏(以下、横川):
私が注目するのは「創業者」が「陣頭指揮」をとっている企業です。

代表的なのは、「丸亀製麺」のブランドをもつトリドールホールディングスや、「いきなりステーキ」のペッパーフードサービスなどでしょうか。

トリドールの粟田貴也CEOはまだ50代です。若いので行動が早く時代への対応力がある。「丸亀製麺」を大きくしたカリスマ性もある。海外展開にも積極的です。

「彼が考え、彼が実行している」というダイナミズムが、私の目には魅力的に映ります。1970年代に外食産業が勃興した当時の経営者像を引き継ぐ、大手外食チェーンでは唯一の存在と言っていい。

ペッパーの一瀬邦夫CEOは、一言で表すなら強引です。もう少し落ち着けばいいのにとは思いますが、外食業界は強引でなければ成功しないことが多いのも確かです。

――それはどういう意味でしょうか?

横川:
外食産業には、「おそるおそる」では伸びないという側面があるのです。

たとえば、1997年に日本にスターバックスコーヒーがやってきました。その時、私はインタビューに答えて、
「こんなものは間違いなく失敗する。日本にはたくさんの喫茶店があるし、みんなコーヒーを飲んでいる。スターバックスがどういう人をターゲットにしようとしているのかさっぱりわからない」
と言ったんです。

ところが、みなさんご承知の通り、私の予想は大外れでした。

彼らが行ったのは、「ドミナント戦略」です。

渋谷などの目立つ場所へ集中的に出店し、メディアで注目された。そして「今、スターバックスへ行かなければ、おしゃれじゃない」という社会現象を作ってしまった。

その後の出店も丸の内などの超一等地です。当時は資金もそれほど潤沢ではなかったでしょう。しかし、大博打を打った。

これがスターバックスという看板を作り上げ、インフラ化を成し遂げた要因です。

逆に、年に1、2軒ずつ慎重に出店していたら、今のスターバックスはなかったでしょう。

――コーヒーも特別おいしいわけではありません。

横川:
もっとおいしいコーヒーを出す店はたくさんある。

だけどあのロゴを掲げた店に行き、まるで儀式のように、カウンターでコーヒーを注文し、あの雰囲気の中で飲むと、なんだかおいしく感じる。

人の味覚というのはいい加減なんです。

丸亀製麺も、いまやショッピングセンターのフードコートにはなくてはならない店です。

これもインフラ化が成功した事例です。

グルメブームのエネルギーを取り込む

――そろそろインタビューも終わりに近づいてきました。外食産業の明るい話題を教えてください。

横川:
外食産業自体は踊り場にいますが、日本は今、空前のグルメブームです。メディアにはグルメ情報があふれている。

テレビだけじゃありません。インスタグラムやフェイスブックなどのSNSに、一般の人が「こんなものを食べた」「あの店がいい」と盛んにアップしています。

私はどちらも観ませんが、外食産業にとっては、このエネルギーをどう取り込んでいくかは課題であり、希望でもあると思います。

なぜなら、資本をもたない料理人やアントレプレナーが一夜にして大スターになる素地ができたと考えるからです。

――とはいえ、ネットの世界は広いです。どこに焦点を合わせればいいでしょうか?

横川:
やはり女性です。見た目のよいスイーツなどです。

ただし流行のサイクルが短いので、ビッグビジネスにはしにくいという欠点がある。

しかしこれも別の予想を立てることができます。

情報が広く拡散することで、みんなが一つのアイテムを何度も食べることになり、一家言持つくらいには舌が肥える。

そうすると、本当にうまいものが、インフラ化する可能性があるのです。

こういう時、逆にチェーンが強みを発揮するかもしれません。

叔父が経営する「高倉町珈琲」というミニチェーンがあります。ここでは今流行のパンケーキにこだわり抜いている。

地方都市の立地戦略など長年のノウハウがあればこそですし、チェーンのバイイングパワーを活かせば個人店で成立しないような仕入れもできる。親族なので言いづらいですが、注目しているこころみの一つです。

外食産業は「批評精神」の導入を

――先生は外食産業のマーケティング研究だけでなく、食の評論家としても長年、活躍しています。これだけ多くの店舗、メニューがある中からどのようにして情報を選び取っていくのでしょうか?

横川:
自分が接した情報しか信じないというのが大前提です。行ったことのない店については言わない。

18年続いている『東京最高のレストラン』(ぴあ、年度版)では最新オープンの注目店20軒を2ヶ月かけて食べ歩きます。そのうえで自分の基準で評価をする。

最近は本当に信用できない情報が多い。だから自分で店に行き、食べてみるより他は、情報を得る方法はないと思います。

――信用できなくなったのはなぜですか?

横川:
あふれる情報のほとんどが「行った、食べた、おいしかった」ばかりで、「いかん、けしからん」といった批評精神に欠けるからです。「こんなまずいパンケーキをアップしやがって」とかね。

かつての山本益博さんのような人がもっといなければならない。権威ある存在がいないんです。

それによい店かうまい食べ物かを判断する以前に、「流行にのったおしゃれな店を知っている自分が好き」という意識が強い。

自慢と承認欲求。こんな主観にまみれた情報が信用できるはずもない。

根底には、「食べ物をまじめに語る文化がない」ことがあげられると思います。

インスタ映えすればよい、有名人が行った店とか、それだけで店を選んだり、メニューをほめたりする。

つまり、何が真実かではなく、何がおもしろいかに比重が置かれすぎてしまったんです。その結果、食とまじめに取り組んでいる人が損をするようになった。

そういう意味で、外食産業全体が、不真面目になったなという印象があります。

また実は、これは日本だけの現象ではありません。SNSの時代になって、世界中の料理評論家たちの存在感が一気に薄れてしまった。

『ニューヨーク』誌にコラム欄をもっていた、ゲール・グリーン氏やミミ・シェラトン氏、フランスではアンリ・ゴ氏とクリスチャン・ミヨ氏の『ゴ・エ・ミヨ』というレストランガイドが大変な権威でしたが、今はSNSがそれに代わる「権威」になってしまうかの勢いです。

――社会全体がそういう状況なのかもしれません。

横川:
ただし、よく時代は振り子のようなものだと言われますが、日本の地方などで寂れたシャッター街や潰れてしまった店舗をリノベートして活性化させている事例も増えています。

少子高齢化社会をむしろ逆手にとった、生きる豊かさが実感できる試みではないかと思います。

高度経済成長時代に生まれたミッドセンチュリー的な建築物にも見るべきものは多いし、何でもかんでもスクラップアンドビルドすればいいというのでは、日本の景観も食文化も貧しくなる一方ではないでしょうか。

――興味深いお話ばかりでもうお腹いっぱいです。でも、まだまだ食べられそう。しかしお時間が……。残念です。本日はどうもありがとうございました。

外食産業「むかし」と「いま」|亜細亜大学経営学部 横川潤 第1話
「インフラ」となった日本の外食産業|亜細亜大学経営学部 横川潤 第2話
外食産業、新たな可能性と問題点|亜細亜大学経営学部 横川潤 第3話
これからの外食産業に必要なこと|亜細亜大学経営学部 横川潤 第4話

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