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人工知能の先の世界をいく人工生命とは何か? Beyond AI 第1話:東京大学広域システム科学系教授|人工生命研究者・池上高志教授

文/吉田真緒、写真/荻原美津雄、取材・編集/FOUND編集部

「生命を人工的につくる」とはどういうことなのでしょうか?

まさか、映画「ブレードランナー」や「ターミーネーター」に出てくる、心が宿っている(ように見える)アンドロイド? のようなものをつくるということ?

そこで、人工生命の第一人者である池上高志教授に、このことについて教えてもらうことにしました。

取材を終えた後、編集長からこんな感想が。

「なにか、脳みそをかち割られる感覚を覚えた」。また、同行したFOLIOのエンジニアである廣瀬達也氏は「今日で人生観がガラッと変わった」と。

今回は、価値観が大きく揺さぶられる、人工生命の話をお届けします。

▶ 話を聞いた人
東京大学大学院総合文化研究科・広域科学専攻 教授
株式会社オルタナティヴ・マシン最高科学責任者
池上高志


理学博士。オランダ・ユトレヒト大学理論生物学招聘研究員などを経て、2008年から現職。複雑系と人工生命をテーマに研究を続けるかたわら、アートとサイエンスの領域をつなぐ活動も精力的に行う。音楽家・渋谷慶一郎氏とのプロジェクト「第三項音楽」や、写真家・新津保建秀氏とのプロジェクト「MTM」など、活動は多岐にわたる。著書に『動きが生命をつくる―生命と意識への構成論的アプローチ』(青土社)、共著に『作って動かすALife』(オライリージャパン)『人間と機械のあいだ』(講談社))『生命のサンドウィッチ理論』(講談社)などがある。

(参照 テルモ生命科学芸術財団 )


言葉にできない現象に見られる生命らしさ

吉田:早速ですが、端的に人工生命」とは、いったいどのようなものなのでしょうか?

池上:僕が研究している人工生命は、一般的に「生命」といわれるものだけではなく、より広いカテゴリーで生命的なものが定義できないか、考えようというものです。

化学反応でも、プログラムでも、あるいはロボットでも、もっと数学的な抽象的な世界でも、学問領域において語れる言葉がないけれど、あえて言うとしたら、生命に近いようなものが存在する。

人工生命の「生命」は、それを表すための言葉です。

吉田:語れる言葉がないとは?

池上:動画を見た方が早いでしょう。

▶︎ 動画はコチラでご覧ください。

吉田:これは・・・。

池上:「チューリング・パターン」という、化学反応のシミュレーションです。

【チューリング・パターン】

コンピューターの生みの親として有名なイギリスの数学者アラン・チューリングが1952年に提唱した、自発的に生じる空間的パターン。この数理化の手法は「反応拡散系」と呼ばれ、熱帯魚のストライプやチョウチョの羽の模様など、自然界に存在するさまざまなパターンをつくり出せる。

Photo/ Jordi Payà

チューリングのこの研究を端緒に「これはいったいどういう現象で、どうやって理解したらいいのだろう」ということの研究がスタートして、コンピューターの発達によってこうした複雑さに対する理解が広がって、生命という概念そのものを更新しながら人工生命の研究が進んだ。

それが、ここ30年のことです。


生き物じゃないのに生き物のように動くもの

引用:『TED』公式youtubeチャンネル「テオ・ヤンセン:新たな生物の創造」より

テオ・ヤンセンの作品は、コンピューターのアルゴリズムと違って、ポリ塩化ビニルのパイプを組み立ててつくられたものです。

風のエネルギーで動くシステムです。これも、人の手を離れて自分で動いているように見えますよね。

【テオ・ヤンセン】
オランダ出身の芸術家。大学で物理学を専攻した後、1990年からプラスチックチューブなどで構成された、風力で動作する“生物”「ストランドビースト」を制作。オランダ語で、砂浜を意味する”Strand”と生命体を意味する”Beest”の2語を繋げたテオ・ヤンセン自身による造語。
https://theojansen.net

参照:テオ・ヤンセン公式サイト

吉田:まるで生きているみたいですね。

編集長:先生のなかで、「生命」自体の定義はあるのでしょうか?

池上:あることにはありますが、先に言うと「それを満たすものが生命」となってしまう。そういう方向では考えていないんです。

▶︎ 動画はコチでご覧ください

これは、「ボイドモデル」というものです。

三角形を鳥の個体に見立てて、

1.  頭の向きを揃えること
2. 近づきすぎないこと
3.  離れすぎないこと

という3つのシンプルなルールを与え、三次元空間でシミュレーションすると、鳥の群れとそっくりの動きをする。

【ボイドモデル】

アメリカのアニメーション・プログラマであるグレイグ・レイノルズが1986年に提案したモデル。ボイドとは「bird-oid」、「鳥っぽいもの」を意味する造語。ボイドモデルはCG技術を大きく前進させ、現在も映画やゲーム作品で幅広く使われている。

最初は100匹とか1000匹でのシミュレーションでしたが、コンピューターの処理速度が上がってきて、100万匹でもどんどんシミュレーションできるようになった。

すると、予想していなかった構造が現れたりする。

実際の鳥の動きと関係していないかもしれませんが、人工生命の研究ではそれよりもっと大きなカテゴリー、抽象的な群れとして考えようとしている。

▶︎ 動画はコチラでご覧ください。

こうしたダイナミックに発展する複雑さなんかを、いろいろと研究していた時代があって、「生命と関係しているんじゃないか」と誰もが思っていた。

チューリングも、彼の考え出したパターンこそ生命の形づくりと関係していると言っていた。

そうした研究がカオス理論なども重なり合って、時空間の複雑さと生命現象が結びつけられた研究が盛んになっていった。

大まかに説明すると、こうしたことが人工生命の研究につながっていったのです。

つくりながら生命性を研究する

10年ほど前に、1㎝ほどの油滴が自律的に動いていくものをつくりました。

化学ロボット・自己組織化し自律運動する油滴
(出典:池上高志「化学ロボット:自己組織化し自立運動する油滴」日本ロボット学会誌 2010年28巻4号 p.435-444より)

アルカリ性の水溶液に、無水オレイン酸という油滴を垂らすと、まるで油滴が生きているかのような動きをすることを発見したんです。

これが「ライフゲーム」の「グライダー」にそっくりで。

「ライフゲーム グライダー銃」

【ライフゲーム(ゲーム・オブ・ライフ)】

1970年にイギリスの数学者ジョン・ホートン・コンウェイが考案したシミュレーションゲーム。生命の誕生、進化、淘汰などのプロセスを簡易的なモデルで再現した。碁盤の目がありマス目はセル(細胞)と呼ばれ、生きているセルは■、死んでいるセルは□で表す。セルの生死は次のルールに従う。

誕生:□に隣接する■が3つあれば、次の世代が誕生する。
生存:■に隣接する■が2つか3つならば、次の世代でも生存する。
過疎:■に隣接する■が1つ以下ならば、過疎により死滅する。
過密:■に隣接する■が4つ以上ならば、過密により死滅する。

池上: ライフゲームは計算機上のルールですが、すごく不安定です。化学反応を使ったルールなら安定なグライダーができる。

実際、それがこの油滴グライダーです。

このように、自律的に動くシステムはどう作れて、どんな性質を持つのか、進化の過程はどんなものなのかを、研究するわけです。

だから人工生命は、先に生命の定義を挙げて、それを満たすものをつくるアプローチではないんです。

実験しながら生命の定義を考える。

人間が生命を定義するとは、生命への固定概念を押し付けることでもある。

予定調和的なものを探るアプローチとは一線を画したものが、Alife=人工生命のようなのです。

池上先生のお話は、2回目以降、さらに深さを増していきます。

つづく

東京大学広域システム科学系教授
人工生命研究者・池上高志教授インタビュー

第1話 人工知能の先の世界をいく人工生命とは何か? Beyond AI
第2話 人工生命と人工知能は、何が違うのか?
第3話 企業が見るべき、人工知能の先にあること 
第4話 人工生命がつくる、ほんとうのユートピア 


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吉田真緒

ライター、編集者。早稲田大学第二文学部卒業。編集制作会社勤務を経て2012年に独立。まちづくりやコミュニティ、美容・健康、ITなど幅広いテーマで取材、執筆をし、多数の媒体づくりに携わる。共著に『東川スタイル』(産学社)がある。


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