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第2回 働く、とは | 女のため息は深呼吸

文・写真出川 光

連載「女のため息は深呼吸」

第1回 尊い仕事
第2回 働く、とは

※ 本連載は、女性文筆家/写真家である出川 光による「女性」を考えるフォトエッセイです。

私はドラゴンボールじゃない

23歳の私は、ふかふかの椅子に腰掛けて当時の上司とにらめっこしていた。その会社名物の、年に一度行われる評価面談だった。

「だから、どんな風になりたいとか、何ができるようになりたいとかそういうものはないの?仕事をしてるんだから、毎日進化しなきゃ。ドラゴンボールみたいにさ、今日の俺より明日の俺のほうが強いって感じでさ」

そう言われて私の頭に浮かんだのは、絵本「ぐりとぐら」だった。彼らはバスケットを抱えて日がな木苺などを摘んで、ジャムにしたりビスケットを届けたりして毎日を過ごしている。

同シリーズを何冊読み進めてみても、登場するキャラクターたちは成長も進化していないが幸せそうで、私自身もそういう人生で十分だなと思っていた。おずおずと上司にそう告げると、彼は言った。

「いつかロールモデルが見つかるよ」

あこがれのみほちゃん

初めてこの人かもしれないと思ったのがみほちゃんだった。よく利用していたカフェの店員さんに誘われて行ったコワーキングスペース「midoriso」。

"みどりそう"と読む。ふつうのオフィスしか知らなかった私にとっては全く新しい文化が広がる村のようだった。表参道の一等地にありながら、だだっ広い土地にキッチンカーが止めてあるだけのヒッピーの村のようなスペースの一番奥にこのコワーキングスペースはある。

「あの人がこのスペースを作ったんだよ」

そう教えられた方向にすわっていたのがパーカーにすっぴんのみほちゃんだった。開けっ放しのドアから次々出入りする、いかにもおしゃれな仕事をしていそうな人たちに彼女はどんどん気軽に話しかける。

「おはよー!そのTシャツいいね」
「最近仕事どう?」

彼女の呼びかけが芽吹きたての緑のように新鮮で透明な空気を作り出している。彼女は子供のように目を輝かせて呼びかけに返ってきた話をうんうんと聞いていた。こんなに楽しそうに働く人がいたんだ。

自分が自分を肯定していられるか

勘のいいみほちゃんは、私の前回のエッセイを読んで言った。

「結局はセルフエスティームってことじゃない? 自尊心。どんな仕事でも自分で幸せって思えたらいい。自分を肯定して働いていることが大事なんだと思う」

さすがだなと感嘆しながらもに、もどかしい気持ちが残る。「セルフエスティーム、それはわかってるし、みほちゃんはそれを持ってるのが自然なことなのかもしれないけどさ、私にとってはそれを保って仕事するのも一苦労なんだよ」。もどかしさを晴らすように、もう一声、もう一声と彼女の話を生い立ちから探っていった。

「優等生だった時のプライドなんて全部なくなっちゃった」

完全無欠の優等生をやっていたみほちゃんは、通っていた高校を中退してイギリスに留学する。そこでカルチャーショックを受けた。

「思春期なのにふつうに男女がめちゃ仲いいの。学校集会で私はゲイですとか、僕はバイセクシャルですとかカミングアウトする人も多かった。15年くらい前の話だよ。それに、英語喋れないからこいつ何?って感じなわけ。ちょっと優等生だった時のプライドなんて全部なくなっちゃった」

高校卒業後弁護士を目指して法学部に進むも、法曹の仕事の中だけに彼女の関心は収まっていないように本人には感じられた。

「座って勉強していられなくってさぁ。もともと、ここにいるような人たちと関わりたかったの」

見渡すコワーキングスペースにはさまざまなクリエイターがメンバーとして働いている。

「だけど私はアートのことはわからないからビジネスから入ろうと思って。それで金融の会社に入ったの。外資系はあまり下働きもないし」

彼女が持ち前の好奇心で世界を見渡せば、仕事はかなりうまくいっただろう。事実、仕事には手応えがあった。

「仕事は面白かったんだけど、お金で人の価値をはかる人が多くて。リーマンショックも経験してどんどん人がクビになっていって。なんのためにやっているんだろうって」

"なんのためにやっているんだろう"。つまり、自分自身が迷子になっている状態に陥った。だとしたら、それはセルフエスティームの反対に座標がある言葉、になる。彼女もそう察知したのか、彼女は変化することを意識した。

変化することを決定付けたのは、あの震災だった。

「あの地震の時にね、新丸ビルの22階にいたんだけど、丸ビルと新丸ビルが一緒に揺れたの。工事中で屋上に設置されていたクレーンが揺れているのも見えた。これ死ぬわって思った。でも、私死ねないなって思ったの。まだやりたいことやってないのに死ねないって。で、生きてたから会社辞めよって思ったの」

当時、多くの人をそうさせたように、東日本大震災は彼女の人生を一変させることになった。

自己肯定感が肯定される世界

かくしてみほちゃんの新しい人生が始まる。会社をやめてついたのは、コワーキングスペースを作る仕事だった。

「このシェアオフィスにはルールはないの。仕事でも成果が出てればオッケーってほうが楽しいから。このことについては、寮生活から学んだのかも。”自由と規律!”は、働き方もおなじじゃない? 縛られるよりも、自由にやって成果だしたほうがいいじゃない? だから最低限の大人のルールさえ守っていれば、このmidorisoはいいってことにしてる」

このコワーキングスペースには独特の安心感がある。他のワーキングスペースがどうかは知らないけれど、お互いの仕事の話をしてもどちらが上かというマウンティングはない。みんながフラット。近隣の席になったCGクリエイターの女の子が賞を獲ったと聞いて自分のことのように嬉しかった。ルールを作らないことや、最低限のルールを守れる環境づくりがそんな空気をつくりだしているのだろうか。

「場所っていうより、自己肯定感を持って仕事をすることを、場にいる人が肯定してくれるということだと思う。よくみんなワークライフバランスって言うでしょう。そうするとワークが悪でライフが善になりがちじゃない。でも、私の考えでは、ライフのなかにワークがあるんだから、仕事は楽しくしたほうがいいし、自分の仕事を自分が肯定しないといけない。さらにそれを全員がゆるく許容してる環境で働けるのが理想。このmidorisoもそうなったらいいなって」

セルフエスティームを持つこと。それだけではなく、セルフエスティームを持つことを、それぞれがが緩やかに肯定されている空間。多様性や差異に基づく価値観が溢れている空間。

ときどき、私はあの尊い仕事の現場を思い出す。全員が自尊心をもって大好きな自分の仕事をしている空間。特殊な業界でみんなそれぞれの多彩なプロフェッショナリズムを持ち寄っているから、お互いが楽しんで働くことを歓迎している。

そして、この場所の不思議な魅力はもうひとつある。例えば、夜遅くまで仕事をしていても、「遅くまで大変ですね」という会話はないこと。土曜日に来ても日曜日に来ても、誰かが常に仕事をしていて、いつも熱を帯びている。その理由に思いを馳せると、彼女がこのインタビューの最後に付け加えたこんな言葉が頭に浮かんでくる。

「自己肯定だけで、何もできない人は問題。そこは世間の荒波に揉まれる必要がある」

自己肯定感といえば、みんなで認め合う柔らかなイメージが浮かんでくる。でも、本当の仕事は甘いことだけでは済まされない。彼女は今までに経験した厳しい仕事からそのことをよく知っていたのだ。

尊い仕事とは何か。その答えは彼女がいままさに作ろうとしている「自己肯定感を持っていることが当たり前によしとされる世界」だ。自分の仕事いいじゃん、と思いながら熱量を持って働くということが、揶揄されず過剰に肯定もされずゆったりと受け入れられるところ。

自分の仕事を悪くないと思えるから、誰かの仕事もいいなと思える。その循環が肥大しすぎない自己肯定感を育んでくれる。この循環の中で気持ちよく働くことが、「尊く働く」ことなのだ。

つづく


インタビュイー:小柴美保(こしば・みほ)

大学卒業後、外資証券会社勤務を経て、ビジョンを持った社会創造の必要性を感じ2011年に退社。2012年にIDEE創業者の黒崎輝男たちとシンクタンク Mirai Institute株式会社を設立、「これからの働き方」の実証の場としてシェアオフィス「みどり荘」を立ち上げた。現在都内に中目黒、表参道、永田町3拠点を運営し、働くにまつわる書籍事業も行っている。


出川 光

1987年生まれ。リクルートを経てチーフキュレーターとしてクラウドファンディングサイトCAMPFIREの立ち上げを行う。その後美大生、美大卒業生むけのウェブメディア『PARTNER』の編集長、『マイナビウーマン』の編集長に就任。現在は、クラウドファンディングサイトMotionGalleryでチーフディレクターを務めるほか、フリーランスとして執筆・撮影を行っている。


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