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急成長インド経済の土台にあるもの|拓殖大学国際学部准教授 椎野幸平 第1回

「インド」という国の名前から、みなさんは何を連想するでしょうか?

おそらく多くの日本人は「カレー」「ガンジー」「0の概念が生まれた国」「牛」「ガンジス川」「ヒンドゥー教」などが頭に浮かぶでしょう。

今回の連載は、そんな「インド」の経済的な側面にフォーカスを当てた、全3回の連載です。

今インドは急激な経済成長の真っ只中にいます。優秀な人材が数々のベンチャー企業を立ち上げ、中には世界を席巻するようなビジネスを展開している会社も少なくありません。

そんなインド経済は、今どういう状況にあるのか、そしてこれからどうなっていくのか?

長年インド経済について研修をされている、椎野先生にお話をきいてきました。

椎野幸平(しいの・こうへい)
拓殖大学国際学部准教授。青山学院大学国際政治経済学部修士課程修了(国際経済学修士)。1994年ジェトロ入会、国際開発センター(IDCJ)開発エコノミストコース修了、ジェトロ・ニューデリー、海外調査部国際経済課課長代理、ジェトロ・シンガポール次長(調査担当)、海外調査部国際経済課長を経て、2017年4月より現職。

インドに注目する理由は、アジア1の高度成長にある


——最近、インドの話題がニュースでも取り上げられるようになってきました。なぜでしょう?

椎野幸平氏(以下、椎野):
「インド経済は足元では鈍化基調もみられますが、近年、7%程度の相対的に高い経済成長率を実現していることが挙げられます。

中国の経済成長率は2011年までは10%程度ありましたが、現在は6%程度に鈍化し、2014年以降はほぼインドが中国の成長率を上回っています。

東南アジア主要国も4~6%程度で、アジアの新興国の中では最も高い経済成長を実現していることから、改めて注目を集めるようになったわけです」

——インドの所得水準は大分上がってきているのでしょうか?

椎野:
「インドの1人当たりGDPは、依然2,000ドル程度(2018年に2,036ドル)ではありますが、昔に比べるとだいぶ上昇してきています。

デリーなどは都市化が進み、だいぶキレイになってきました。生活も豊かになってきています。」

——私たちの知っている、雑然としたインドの街並みは消えつつあるということですか?

椎野:
「いえ。きれいになったと言っても『昔に比べれば』です。しかし確実に変化しています。

たとえば、デリーのインディラ・ガンディー国際空港のそばに、グルガオンという地域があります。

2000年代にはまだ、まばらにビルが建っていただけでしたが近年は、たいへん立派な街並みができています。

インドは2023年前後に一人当たりGDPが3,000ドルを超えそうです。

3,000ドルを超えると、いろんなものが売れるという傾向があると指摘されていますが、5年後くらいには、耐久消費財などの普及期がくるのではないかと予想されます」

——3000ドルが目安なんですね。

椎野:
「たとえば、インドネシアがこの3,000ドルを超えたのが2010年でした。その頃から、インドネシアでは自動車の購入が大きく上昇しました」

成長要因は4つ

——国が成長するにはいろいろな要因があると思います。インドの成長要因は何ですか?

椎野:
「一番大きいのは『人口ボーナス』でしょう。『人口ボーナス』というのは、総人口に占める生産年齢人口の割合、つまり働く世代の比率が高まったときに、高い経済成長をしやすくなるという意味の言葉です。

インドは今、まさに人口ボーナス期です。私の計算では、2017年から始まり2040年にかけて続きます。

今が人口ボーナス期の入口で、これから20年以上、社会全体に占める生産人口の割合が伸びるわけです」

——日本の高度経済成長期と同じですね。

椎野:
「これまでインドの経済成長を阻んでいた大きな原因に、社会インフラの未整備による供給面の課題がありました。

しかし、インフラ面の課題も徐々に改善されつつあります。これが成長要因の第二でしょう」

——より具体的には?

椎野:
「たとえば、電力の不足がほぼ解消されました。私がインドに住んでいた2000年前後は毎日のように停電があったんです。当時は最大電力需要に対して供給能力が2割も足りなかったからです。

しかし、太陽光発電などに力を入れ、この電力不足がほぼ解決しています。さらに電力だけでなく、港、道路などのインフラも改善されつつあります。

JETROが毎年、実施している日本企業へのアンケート調査によると、インドのビジネス環境上の課題として『インフラの未整備』を指摘する企業は2013年度には55.7%でした。

ところが2017年度には33.3%まで下がりました。まだ高い値ではありますが、日本企業の中でも、インドのインフラはだいぶ整備されてきたという認識がでてきています」

——その他には?

椎野:
「第三は原油価格が落ち着いたこともインド経済にとっても押し上げ要因となっています」

——原油価格とインドがどのような関係にあるんですか?

椎野:
「インドは原油の大半を輸入に依存しています。貿易赤字の3〜4割は原油の赤字が占めています。

原油価格が上がると貿易収支が悪化し、ルピー安になりやすい。次にそれらがインフレ圧力となります。

そうなると、金利を引き上げざるをえなくなり、企業活動はもちろん、自動車ローンなどの個人消費も含めた経済活動が停滞します。

原油はインド経済のボトルネックなんです。原油価格に対する脆弱性は、インドが恒常的に向き合わなければならない課題です。

2014年以降、原油価格が比較的落ち着いていることは、最近のインド経済を下支えています」

——新興国では政治によって経済状況が左右されます。インドの場合は?

椎野:
「2014年にナレンドラ・モディ率いるインド人民党が30年ぶりに下院で単独過半数を獲得しました。

それまでの30年間は、どの政党も単独過半数をとれなかったんです。そのおかげで、モディ政権は安定した経済運営をすることができています。

たとえば、2017年にインドでは、日本の消費税にあたる『物品サービス税』(Goods & Service Tax:GST)を導入しました。

それ以前、インドには間接税がいくつもあり、物品税、サービス税、さらに州政府による付加価値税などが課されていたのです。

その事務コストが、貿易や取引の際に問題視されてきたんですが、なかなか改正することができませんでした。モディ政権が長年の課題を改革したことは内外から高く評価されています。

さらに、2019年の総選挙ではモディ首相率いるインド人民党(BJP)が議席数を増やし、政権基盤を固めたため、今後、一段と経済改革を進め得る環境が生まれています」

ネルー、ガンディーから続くインドの民主主義

——逆に考えると、インドほどの大きな国が、なぜこれまで停滞していたのでしょう? 国民性ですか?

椎野:
「1947年の独立後、社会主義的な経済政策を展開し、自由化路線に転じる1991年まで、自由な民間企業活動が制限されていたことが挙げられます。

一方、インドは本当に多様なので、『国民性』をひとくくりに言うことは難しい面があります。たとえば、インドの紙幣には17の言語が印刷されています。

インドには29州、7連邦直轄地がありますが、州によって言語が異なるんです。北部と南部では人種的にも違います」

——そういう多様性が成長の足かせになっていた可能性は? 人口も日本の10倍以上です。意見をまとめるのもひと苦労だと思うのですが。

椎野:
「そんなふうに考えるのも無理はありません。

しかし、インドの財産と考えられる点は、13億人以上の人口を抱え、州ごとに異なる言語を用いているにもかかわらず、民主主義制度が根付いていることです。

9億人の有権者を管理し、政権交代も平和裏に行われています。これはたいへんなことなんです」

——なぜ民主主義制度が根付いているのですか?

椎野:
「さまざまな説がありますが、1947年に初代首相のジャワハルラール・ネルーが、マハトマ・ガンディーとともに、イギリスから独立を勝ち取り、独立後も17年にわたって民主的な政治を実践したことが大きかったと指摘されています。

隣国のパキスタンでは軍部が台頭しましたが、それがインドには起きなかった。

ノーベル経済学賞をとったインド人のアマルティア・センは『インドでは大飢饉が起きたことはない』と述べています。

民主主義体制下において、さまざまな人の声が政権に届けられたことが飢饉を防いだと言うのです」

——いわゆる「開発独裁」が起きなかったんですね。

椎野:
「一部の東南アジア諸国でみられた開発独裁はインドではみられてなかったといえるでしょう」

中国より先に、なぜインドは経済成長することができなかったのか?とても素朴だけれども意味の深い疑問が、今回の取材でやっと解決できたような気がします。

次回は、インド経済の強みと弱みについて、話しをお聞きしたいと思います。(つづく)

急成長インド経済の土台にあるもの|拓殖大学国際学部准教授 椎野幸平 第1回
シリコンバレーを超える日は来るのか?|拓殖大学国際学部准教授 椎野幸平 第2回
日本はインドと、どう付き合うべきか?|拓殖大学国際学部准教授 椎野幸平  第3回

取材・文/鈴木俊之、写真/荻原美津雄、取材・編集/設楽幸生(FOUND編集部)

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