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再生医療をより深く知る|日本再生医療学会理事 八代嘉美 中編

自分と同じ性質の細胞をつくりだす「自己複製能」。

そして体の中で、何らかの役割を果たす細胞へと変化する「分化能」を併せ持つ細胞=「幹細胞」。

この二つが、再生医療の一つのキーワードである、というお話を前回お聞きしました。

今回はこの幹細胞について、もう少し詳しくお聞きしたいと思います。

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八代嘉美(やしろ・よしみ)
日本再生医療学会理事。神奈川県立保健福祉大学教授。専門は幹細胞生物学、科学技術社会論。造血幹細胞研究で学位を取得後、科学技術社会論的研究を開始し、幹細胞研究および再生医療に関する社会受容の形成やコスト面などの社会実装に関する研究を行う。2009年東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。2009年、慶應義塾大学医学部生理学教室特任助教、2011年東京女子医科大学先端生命医科学研究所特任講師、2012年慶應義塾大学医学部総合医科学研究センター特任准教授、2013年京都大学iPS細胞研究所特定准教授を経て2018年より現職。

再生医療の両輪は細胞の研究と組織工学

――幹細胞の存在はいつ頃わかったんですか?

八代:
「理論上は、1900年代初頭から造血幹細胞があるはずだと考えられてきました。第二次大戦末期に原爆が投下されたとき、広島・長崎で白血病患者がすごく増えたことがありました。

それに関連して発症の実験をしていた時、マウスに放射線を当てると、そのままだと死んでしまうのに、健康なマウスの骨髄細胞を移植すると寿命が延びることがわかったんです。

それが実験的に証明されたのが、1960年代に実施された上のマウスの放射線実験です。研究の分野としての歴史は60年、70年といったところなんです」

――私たちが考えているよりも、再生医療の分野の研究というのは長いんですね。20〜30年くらいだと思っていたのですが。

八代:
「実際にそれが医療技術として使えるだろうとなってきたのは、この20〜30年くらいです。

ただ、先ほど申し上げたように、骨髄移植は1970年代後半くらいから始まりました。

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免疫抑制剤の併用や、臓器移植と表裏なんですが、腎移植の時の免疫抑制剤の使用と並んでできるようになったんです。だから医療の歴史としては50年くらいでしょうか」

――それでももう半世紀なんですね。

八代:
「ただし、ある細胞だけを増殖させようというアプローチの嚆矢は、先ほど述べた皮膚の研究です。

当時は、『組織工学』とか『バイオ・エンジニアリング』などと呼ばれていました。人工的な材料を使って細胞を増殖させるというアプローチですね。

たとえば、岡野光男先生(第3代日本再生医療学会理事長、東京女子医科大学先端生命医科学研究所)は、細胞というより人工材料の研究者で、『温度応答性培養基材』を作って、再生医療の可能性を大きく前進させました」

――それは何ですか?

八代:
「細胞は37度から38度くらいが培養にちょうどいい温度です。その環境で、培養皿(培養基材)と培養する細胞のかたまりがくっついている。

培養皿表面には細胞がひっかかりやすいようになっているのですが、それを足場と呼んでいます。

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足場で細胞が安定することで、細胞が増えやすくなります。しかし、大きな問題がありました。シートから細胞を剥がす際に、シートの形を維持できなかったんです。

しかし、この培養皿は、室温に持っていくと、足場になっている小さなカギ状の分子の形が変化して、細胞がひっかからなくなるんです。

これによって細胞と皿は剥がれるけれど、細胞同士はくっついたままでいられるようになり、治療に使えるようになったわけです。

この技術をさらに応用して、高橋政代先生(理化学研究所多細胞システム形成研究センター)たちが網膜細胞の培養を行い、それをiPS細胞にしてシート状にしました。

細胞ではなく、細胞を支持する材料を改良することで技術的な限界を突破したんです」

再生医療の根は「母親の胎内で起きていること」

――細胞の研究だけで支えられているわけではないんですね。

八代:
「そうです。組織工学の発達なしには再生医療はありえません。細胞は単体で生きることがむずかしいんです。

母親の胎内にいる時、細胞は浮いているような状態なんですが、その中にはいろんな生体物質が浮かんでいます。

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細胞にとっては、そうした外から信号(シグナル)が入ってくるという環境がとても重要です。たとえば、造血幹細胞はひらひら動く『浮遊細胞』です。

何かに付着することはないの、その分、シグナルが入りづらい。その点が、造血幹細胞の増殖や維持を困難にしていたんです。

それをうまくコントロールできるようにしたのが、最近話題になった、アラビックヤマト糊の材料の一つであるPVA(ポリビニルアルコール)です。

これを培養液に入れると、細胞にシグナルが入りやすくなる。だから培養が進むんです」

――その場合、シグナルというのは?

八代:
「初期化された状態を『維持する』か、別のものへと『変化するか』を細胞に認識させるシグナルということです」

――さきほど赤ちゃんの話が出ました。母親の胎内でも同じことが起こっているんですか?

八代:
「そうですね。母親の胎内の環境を外側に取り出すというのが、生命科学、細胞を扱うジャンルの一番のベースになっています。

それを医療に応用できないか、というのが再生医療の根本です」

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生命の進化をなぞる再生医療

――母親の胎内ですね。私は小学校高学年で習う、鳥の孵化をイメージしていました。

八代:
「卵というのは、人間の子宮を外に取り出したようなものです。だから、鳥でもカエルでも人間でもベースは一緒です。

19世紀に『反復説』という学説が唱えられました。ヒトもサルも魚類や両生類も鳥類も、発生初期の形はほとんど一緒である、という説です。

『個体発生は系統発生を繰り返す』と言われます」

――人間もお母さんの胎内で魚みたいな形になる時期があります。

八代:
「そうです。どの種でもある一部分では、同じような過程をたどるんです。

アフリカツメガエルやゼブラフィッシュ、あるいはネズミを実験動物として使っているのは、同じような因子が働いているのでモデルに使えるからです。

山中伸弥先生とノーベル生理学・医学賞を同時受賞したジョン・ガードン先生(ケンブリッジ大学ガードン研究所)は、アフリカツメガエルを使った研究をして、最初にクローンを作った功績です。

クローンを作ったということは、人為的に細胞をリセットさせているということです。

その技術を確立したのがガードン先生で、それを遺伝子だけもできることを、ヒトの細胞で示したのが山中伸弥先生です」

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役割分担のネットワークを作れ

――遺伝子の話が出てきました。急に未知の世界に放り出された気分なんですが、再生医療でも、遺伝子自体の組み替えのようなものが行われているんですか?

八代:
「組み替えではありません。外から入ってきた情報は、何段階かの伝言ゲームを経て、細胞の中の核――遺伝子の集合体であるゲノムが入っている部分――に入ります。

その時、『今、外の環境がこういう状況なのでそれに対応するタンパク質を作らなければならない』というシグナルが伝わり、それに対応するスイッチが入ってAという遺伝子を設計図にして、Aというタンパク質できます。

次に、そのAタンパクがB遺伝子やC遺伝子にくっ付いて、新たにタンパク質を作るスイッチを入れていく。そういうしくみです」

――機械のリレースイッチみたいですね。

八代:
「そうです。『カスケード』(連鎖、数珠つなぎ)と呼ばれます。

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このカスケードの下流にある遺伝子の中には、『体の前後を認識する』とか『インシュリンを作る』といった、いろいろな役割を持つタンパク質のスイッチがあるんです。

また、細胞の中から放出されるタンパク質もあります。それが隣りの細胞に影響を与える。

だから、細胞同士がくっつくのは、情報を伝達し合っていることでもあるんです。

そして細胞同士で『こっちの細胞はもっと増えないといけないな』とか『こっちの細胞は増殖を止めてもいいけれど、他の物質を作らないといけないな』というネットワークが出来上がる。

この細胞同士のネットワークを作ることが一番大事なんですね」

――細胞同士がコミュニケーションをとっているなんて意外です。

八代:
「受精卵は1個です。しかし、その受精卵が2つに分かれ4つに分かれしていくと、その間にそれが左なのか上なのか、あるいは何らかの偶然か、いろんな要素がからみあって、細胞に個性が生まれていくわけです」

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――もう一度お聞きします。ヒトの体には37兆個の細胞があると言われています。それらはすべてコミュニケーションをとっているわけですか?

八代:
「そうです」

――当然、私の体の細胞も互いに話し合っているわけですよね。それは驚きです。信じられません。でも事実なんですね。

こわれた細胞の応援団を作ってやる――オルガノイド研究


――そうした研究は、今後どのような形で私たちの生活にやってくると予想されますか?

八代:
「現在はいろいろな技術の開発が同時並行で進んでいるので、一概には言えません。

しかし、注目されているものに『オルガノイド』という研究があります。

たとえば、技術的に、立体の大きな細胞を作ることはむずかしいとされています。細胞は生き物なので栄養や酸素を必要とします。

ところが大きくなると真ん中のほうまでそれらが届かない。だからむずかしかったんです。

そこで、肝臓の芽になる部分にその役割を担わせようというアプローチや、小腸の壁にある柔毛という形態を再現して、腸の修復を図ろうというアプローチなどがあります。

これらが『オルガノイド』(organoid)です。これは細胞の芽をつくって、その芽を体内で大きくさせて機能させる、というアプローチです。

武部貴則先生(東京医科歯科大学)や谷口英樹先生(東京大学異科学研究所)、佐藤俊郎先生(慶應義塾大学)などが日本では第一人者です」

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――再生医療は、どこかで大きな臓器をつくりあげてから体内に入れるものばかりだと思っていました。ずいぶん違うんですね。

八代:
「よくある誤解としては、ヒトのクローンを作って、それで臓器を作って移植する、といったイメージですね。

カズオ・イシグロの小説『わたしを離さないで』などはその象徴だと思いますが、現実は、ある程度の細胞の塊を人工的に作って移植したり、体が元々持っている修復能力を促すことができる細胞を人工的に作って、体の中に入れるというアプローチが主流です。

この『オルガノイド』は基礎科学の面でも面白いですし、応用の面でも可能性が高いので、今後、伸びていきそうなジャンルだと思いますし、身近な治療法になるかもしれません」

一口に再生医療と言っても、色々なノウハウや考え方があることを学びました。

最終回の次回は、再生医療と社会のかかわりについてお話をうかがいたいと思います。(つづく)

再生医療って何だろう?|日本再生医療学会理事 八代嘉美 前編
再生医療をより深く知る|日本再生医療学会理事 八代嘉美 中編
再生医療と社会のこれから|日本再生医療学会理事 八代嘉美 後編

取材・文/鈴木俊之、取材・編集/設楽幸生(FOUND編集部)

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