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バリューチェーンが日本の農業を変える|農業ジャーナリスト 窪田新之助 中編

農業ジャーナリスト・窪田新之助さんに、日本の農業とテクノロジーについてお聞きしているこの連載。

第2回目は、テクノロジーと日本の農業についてお聞きしたいと思います。

窪田新之助(くぼた・しんのすけ)
農業ジャーナリスト。福岡県生まれ。ロボットビジネスを支援するNPO法人Robizyアドバイザー。著書に『日本発「ロボットAI農業」の凄い未来』『GDP4%の日本農業は自動車産業を超える』(いずれも講談社)など。

IT技術が協働・連携の敷居を下げる

――それにしてもなぜ、日本の農業は弱くなってしまったのですか?

窪田:
「それは、歴史を紐解いてみる必要があります。またさまざまな説があるので、今から述べるのは、あくまで私の考えであることをご了解ください。

戦中、日本は食糧を国家統制下に置きました。戦時下において国民が食糧を平等に入手するためです。

1942年に制定され、1995年に廃止された食糧管理法はその最たるものです。

このような国による管理が長く続いた結果、農家は消費者ではなく、国を相手に商売をすることに慣れてしまい、何を作るか、誰と組むか、いくらで売るかといったことを考えなくなった。

こうした傾向は、濃淡の差はあれ、現在でも続いています」

――こうした日本の農業の現状を上向きにすべく、IT技術に注目が集まっているというわけですね。

窪田:
「トラクターなどの農業機械は、農業資材でもっとも大きなウエイトを占めていますが、従来、大手4社(クボタ、ヤンマーホールディングス、井関農機、三菱〈現・三菱マヒンドラ農機〉)の寡占状態にあります。

そうした大手農機メーカーが市場規模が小さいから、と手を付けないようなロボットを開発する会社が出てきています。

たとえば、2007年に設立された銀座農園という会社のこころみを紹介しましょう。

彼らは、生産の現場(第1次産業)では農業ロボットやAIを導入しています。

そこで収穫した生産物を消費者のパーソナルデータに基づく『漢方ドリンク』として加工(第2次産業)しています。

それに加えて、さらに生産者と消費者が対面販売できる場として『マルシェプラットホーム』や『マルシェアカデミー』を設立して販売力強化プログラムも提供するという、独特な展開を行っています」

――マルシェって何ですか?

窪田:
「ヨーロッパにおいて街の広場に立つ『市(いち)』のことです。

同社は東京・有楽町の『交通会館マルシェ』を皮切りに、大手町や豊洲でマルシェを運営、徳島や香川でも地方銀行とタイアップして『トモニ市場』を経営しています」

――ロボットの導入について、くわしく教えてください。

窪田:
「彼らは、果実の収穫ロボットを開発しています。加工・販売する『漢方ドリンク』には、漢方薬と果汁が使われます。

ところが現在、果実農家が減っている。果実の収穫作業がたいへんだからです。

そこで『漢方ドリンク』の原材料を確保する目的で、収穫ロボットの開発に乗り出したのです」

――昔から農産物の収穫は、一家総出の大仕事でした。

窪田:
「ところが果樹は、品種や産地、作る人によって樹の仕立て方が違います。

ロボットは決められたことを繰り返すのは得意ですが、状態に応じて臨機応変に処理するのは不得手です。

だから収穫ロボットもむずかしいと考えられていました。

そこで彼らが考えたのは、すでにある果樹園ににロボットを導入するのではなく、果樹園そのものをロボット用に変えてしまうことです。

つまり、樹の仕立て方をすべて同じにしてしまうんです。

もちろん相手は生物ですから、一朝一夕にはいかないでしょう。しかし、この発想の転換はたいへんおもしろい。

これが実現すれば、銀座農園側は原料の安定的な調達が可能になり、農家側も安定した収入を得ることができる。一石二鳥です」

――銀座農園は、農業分野から出た会社なんですか?

窪田:
「社長はもともと建築士だった方です。異業種からの参入ということです。最近では、彼ら以外にも、いろいろな業種から農業分野へ進出しています。

言い換えると、この現象も、農業がこれまでサプライチェーンを構築してこなかったことと関係があります。

サプライチェーンというより、『バリューチェーン』と表現したほうが的確かもしれません。つまり、農業には有望な分野がたくさん残っているということなんです。異業種の方々にはそれが見えるのです」

バリューチェーンの構築が、農業の可能性を広げる

――たとえば、どんな分野がありますか?

窪田:
「これまでの日本の農業は『マスプロ』(大量生産方式)的な方法論がほとんどでした。

国や農協が主導して産地を指定し、そこへ補助金を投入していくやり方です。そうすると、産地の農家は右に倣えで同じものを栽培します。まず生産者や流通業者ありきとなる。

たとえば、流通規格に則してなければ、市場に出荷できません。曲がったキュウリやニンジンは、たとえ味がよくても、消費者には届かない仕組みになっているんです」

――たしかにスーパーに並ぶキュウリやニンジンはまっすぐで、形が揃っています。

窪田:
「しかし、消費者がそれを欲しているのかはまた別問題だと思いませんか?

本当は『まっすぐか否か』などより『栄養価が高いかどうか』で判断したい人のほうが多いかもしれない。

こうした潜在的な欲求が『ニッチだけど有望な分野』です。

たとえば、和歌山県にNKアグリ社という企業があります。ノーリツ鋼機社という写真現像機メーカーの社内ベンチャーとして誕生した企業です。

このNKアグリ社が目をつけたのは、タキイ種苗の開発したリコピンニンジン『京くれない』でした。

本来、ニンジンにはあまり含まれていない栄養素リコピンを豊富に含む、栄養価の高いニンジンです。ところが曲がりやすいなどの短所があり、栽培が広がっていませんでした。

NKアグリ社はこれを『こいくれない』と命名し、ブランド化をこころみます。

そしてスーパーなどに置いたところ、たいへんな人気となりました。ニッチに注目し、潜在的なニーズを掘り起こしたのです」

――生産や物流側の都合で埋もれていたニーズがあったんですね。

窪田:
「面白いのは、こうした動きが周囲に波及することです。

たとえば、ブランド化するには通年で野菜を供給する必要があります。NKアグリのある和歌山県だけでは、この課題を解決できません。

そこで、北海道から鹿児島まで全国の農家とフランチャイズ契約のような形でつながり、収穫物はすべて買い取るというしくみをつくったのです。

このこころみによって、通年とはいきませんが、8~9か月は供給が可能になりました」

――全国で栽培すると品質管理がたいへんでは?

窪田:
「当然ですが、栽培の過程で含まれるリコピン量は変化します。その変化を知るために、農地に気温センサーを設置し、データをクラウドで集約する。

そのデータを、彼らの開発したアルゴリズムに通して『旬』であるかどうかを判断し、契約農家にフィードバックするというしくみを構築しています」

――収穫先が北海道でも四国でも、同じ量のリコピンが含まれているようにしないとブランド展開はできませんからね。

これは今のIT技術がないとできなかった展開です」

窪田:
「『こいくれない』は2016年に露地野菜として初めて、『栄養機能食品』の表示が認められました。

認定には、品質を一定に保つ必要があり、育成環境がまちまちな露地野菜ではむずかしかったのですが、こうした環境因子等の研究とIoTを用いた管理で、これを可能にしました」

全国各地で始まっているベンチャー企業の挑戦

――他にも例がありますか?

窪田:
「2件ほどご紹介しましょう。1つは静岡県袋井市のHappy Quality社です。

宮地誠社長は元々青果市場に勤めていた方で、農業のバリューチェーンを構築する目的で同社を立ち上げました。

いろいろな野菜を取り扱っていますが、価格決定権を自分たちで持つことを目標に、市場を通さないで消費者に直接販売するしくみを作りました。

成功させるには価値の高い作物を生産しなければなりません。そこで、これまで経験と勘に頼っていた農作業上の判断にAIによる支援を取り入れたのです。

たとえば、中玉の高糖度トマトを生産するには、水分の供給量を的確に調整しなければなりません。

そこで静岡大学の峰野博史教授と協同し、日射量や気温、水やりの量といったデータを分析したり、苗の『葉のしおれ具合』を撮影し、その映像をAIで解析したりするという方法です。

現段階では、このシステムを共同開発した1軒で稼働を開始したばかりです。

しかし、フランチャイズ契約を結んだ農家には、ここで研修を受けてから実際の栽培に取り掛かるという流れが構想されています」

――もう1つの例はどういうものですか?

窪田:
「Happy Quality社の例は、農産物そのものの価値を向上させるノウハウでした。しかしバリューチェーンの『バリュー』とは、『求められた時期に、求められた量を間違いなく供給する』という点にもあります。

ここに焦点を当てたのが、茨城県つくば市に本社を構えるHATAKEカンパニー社です。

主に取り扱っているのは『ベビーリーフ』(野菜の新葉、幼葉の総称で、数種を袋詰めにした商品も指す)で、種の養分だけで育つので収穫が早いのが特徴です。

同社は現在、ベビーリーフの生産で全国2位となっています。耕地面積は80ヘクタール(1ヘクタール=100メートル×100メートル)。茨城県だけでなく岩手県や愛知県にも進出したほか、北海道やから九州に至る農家と提携しています」

――簡単に収穫できるなら、なぜ他の農家は栽培していなかったのですか?

窪田:
「ベビーリーフ自体の歴史が浅いんです。日本ではサラダが一般化したのも1990年代です。だから、どこも手をつけていなかった。

しかし現在、ベビーリーフは引く手あまたです。たいへんな需要がある。茨城県だけで栽培していては、需要に追い付かないし、供給できる時期も限られます。

ここで、『求められた時期に、求められた量を間違いなく供給する』という課題が浮き彫りになってきたわけです」

――どのように課題を克服したのですか?

窪田:
「Happy Quality社と同じように畑にセンサーを設置して気温をモニターします。そのデータに基づいて、収穫時期を割り出せるしくみをつくったんです。

ベビーリーフには多品種の総称です。そのひとつひとつについて、栽培モデルを構築しています。

このことは、さらに需要が高まり、新たな産地が必要となった時、その土地の気温さえわかれば、収穫時期を高い確率で予測できるということを意味します。つまり、チャレンジしやすくなる」

――農業はある意味、天候や土壌といった不確定要素との戦いです。テクノロジーを使って、それらを取り除くことができるのは大きいですね。

最終回の次回は、日本の農業の未来についてお聞かせください。
(つづく)

農業の未来は、「作って売る」のその先へ|農業ジャーナリスト 窪田新之助 前編
バリューチェーンが日本の農業を変える|農業ジャーナリスト 窪田新之助 中編
日本のアグリテックをアジアへ|農業ジャーナリスト 窪田新之助 後編

取材・文/鈴木俊之、写真/荻原美津雄、取材・編集/設楽幸生(FOUND編集部)

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