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美味しい寿司の裏側にある企業努力 |回転寿司評論家・米川伸生 中編

取材・文/鈴木俊之、写真/荻原美津雄、取材・編集/設楽幸生(FOUND編集部)

前回は、回転寿司業界のイノベーションについてうかがいました。

今回は、回転寿司のお金と経営を中心に語っていただきます。

前回と同じく、回転寿司評論家の米川伸生さんにお話をうかがいました。

米川伸生(よねかわ・のぶお)
回転寿司評論家。2007年テレビ東京「TVチャンピオン2」回転寿司通選手権王。「回転寿司はアミューズメントパークである!」をモットーに日々、全国各地の回転寿司店を駆け巡っている。また、回転寿司店のコンサルティングや、一般社団法人社日本回転寿司協会のアドバイザーも行なっている。主な著書に、「回転寿司の経営学」など。ブログ「回転寿司を愛してる!

回転寿司業界を支える、たゆまぬ企業努力

――回転寿司店の収益構造を教えてください。

米川伸生氏(以下、米川):
「大手のあるチェーン店の1店舗の損益分岐点は、月売上2500万円と言われています。これほど高い飲食の業態は他にはありません。

牛丼店の1店舗売り上げは、平均700万円くらいですから、とんでもない数字です。普通に経営していたら、もうかるわけがない構造なんです」

――よく商売が成り立ちますね。

米川:
「既存の店舗は昨対マイナスが多い。実は『おいしいものを安く提供する』という初期のビジネスモデルは、すでに崩壊しています。

常に新規出店をしていかなければならないし、効率化をはじめとする企業努力を続けていかなければならない」

――どんな企業努力をしているんですか?

米川:
「現在、46~48%が大手チェーンの原価率です。材料費を削ることはできません。

寿司は、素材の良し悪しがすぐ味に反映する食べ物だからです。削るのは人件費しかありません。

ところがご承知のように人手不足で、アルバイトの時給は毎年1、2ポイントずつ上がっています。回転寿司の粗利率はせいぜい5%。

削るどころか、時給の上昇分を補うのも容易ではありません。

ということは、業務を効率化するしか方法はない。各社ともその点について、たいへんな努力をされています」

――たとえばどんなことをしているんですか?

米川:
「『あぶり寿司』はご存知でしょう。

以前は職人がバーナーであぶっていました。今は機械で大量に処理してしまいます。

また巻物についても、食材をセットすればカットまで15秒くらいで終えてしまう機械が導入されている。

巻物のカットはむずかしいんです。下手な職人だとボロボロのガタガタになってしまう。

でも機械なら、小野二郎さん(鮨職人、世界最年長のミシュラン三ツ星料理人)顔負けに仕上がる」

――フロアのほうは?

米川:
フロアの効率化にいち早く取り組んだのが、『無添くら寿司』さんです。

1996年に『皿カウンター水回収システム』、97年には『時間制管理システム』、99年には『自動廃棄システム』を考案しました」

――全体のシステム化を進めて、効率を高めたわけですね。

米川:
「また、2002年には『あきんどスシロー』さんが『回転ずし総合管理システム』を開発しました。

これにより、単品管理だけでなくリアルタイムに売れ筋状況を把握できるようになり、POSデータと連動して食材ロスまで低減できるようになりました。

これも以前なら、カウンターに立つ職人が長年培った勘で行っていた仕事です。

システム導入の結果、以前はロス率が約5%でした。現在は1%ほどになりました。

先ほど言ったように、回転寿司は粗利率5%の世界ですから、この差は大きかったんです。

――これらシステムの導入時期は、大手100円寿司チェーンの躍進期と重なります。

米川:
「食材ロスは回転寿司の長年の課題でした。それを解消するために、元気寿司さんなどは、タッチパネルによる注文しか受け付けていません。

レーンには注文品しか流れない。こうすれば理論上のロス率はゼロになるからです」

――そういえば、タッチパネルで注文するほうが増えた気がします。回転寿司なのにレーンに手を伸ばさない。

米川:
「しかしその風潮もいかがかな、と思うことがあります。実は回転寿司のレーンにしか流れていないお得な皿があるんです」

――それは知りませんでした。

米川:
「どこの店にもあります。たとえばスシローさんなら、タッチパネルで鯛やハマチを頼むと血合いの付いた背の部分が出てきます。

しかしレーンではハラミが出てくる。ハラミは脂がのっている希少部位です。1尾から取れる量が少ないので、タッチパネルでは注文できないんです。

『本日のまかない軍艦』のような寿司好きにはたまらないネタも、レーンにこっそりと流れてくるんです」

――消費者としてはたまらない情報です。しかしロスを承知でなぜレーンにこだわるのでしょう?

米川:
「回転寿司の店の雰囲気に関わるからです。レーンの上においしそうな寿司が流れていると、『この店は活気があるな』と感じませんか。

それが食欲につながるというわけです」

効率化の一方でアナログの導入も進む

――すべてを効率で推し進めるのではなく、人間的な感覚が垣間見えると、なぜか安心します。信用できるというか……。

米川:
「先日スシローさんは『天然魚フェア』を開催していました。天然もののヒラメがあるというのです。

行ってみると、本当に活ビラメがレーンから出てきた。しかもエンガワだけです。

それを見て、ヒラメを一尾まるごと仕入れて、店でおろしていることに気づいたんです。

通常は切り身を仕入れます。店には鮨職人が常駐しておらず、さばけなかったからです。

ところが活ビラメのエンガワです。ということは、職人はいないにしても、魚をさばくことができる人が常駐しているにちがいないんですよ」

――技術者を雇うとコストがかかるのでは?効率化の流れと逆行します。

米川:
「社内で技術者を養成しているんだと思います。そうすればコストを抑えつつ、サービスを向上させることができる。

回転寿司業界は、いつもこのようにギリギリの戦略を立てて、お客様の要望に応えようとしています。お客様を舐めない業界なんだなと思います。

逆に言えば、少しでも手を抜いたら、あっという間に転落するきびしい世界です」

かっぱ寿司が低迷した理由

――きびしいと言えば、業界第1位だった『かっぱ寿司』さんが低迷しています。何がいけなかったんでしょうか?

米川:
「かっぱ寿司さんは10年ほど前、回転寿司業界で一人勝ちしていました。

しかしこの頃すでに凋落の兆しはあった。

というのは、原価率が38%くらいだったからです。また、CMでは宇宙人を登場させ、コミカルで目を引くのですが、何を訴えたいのかわからなかった。

一方同じ頃、スシローさんは『味のスシロー』をうたい『原価率50%』だとアピールした。

こうしたことが積み重なって、お客様の信用を損ねたのでしょう。

いつのまにか『かっぱ寿司のマグロは向こうが透けて見える』などと悪評が立つようになったんです。

先に述べたように、昔は回転寿司業界全体が『やすかろう悪かろう』と思われていた。

ところが今度は、その悪評を、かっぱ寿司1社が背負う羽目に陥った。

かっぱ寿司さんもイメージダウンに気づき、原価率を見直すなど、さまざまな手を尽くしました。

しかし一度定着した低評価はなかなか覆せないものです」

――たしかに『二度と行くものか』と公言する消費者も多い。

米川:
「飲食業界はそれが一番おそろしいんです。

かっぱ寿司が第1位だったころは、他に選択肢が少なかったから、おいしくないと思っても2度3度と行く人はいました。

しかし、他が必死の企業努力をしている時に、これは致命傷です。

人件費が高騰している現在では飲食業界、特に回転ずし業界において効率化は最重要課題です。

しかしそればかりを推し進めて、お客様を置き去りにすると、簡単に離れる。

スシローさんが、あえて社内で技術者を養成しているのは、そういった面へのケアなのかもしれません」

――現在のかっぱ寿司はどういう状態なのでしょう?

米川:
「今は他のチェーンと同じくらいまで原価率を上げ、ネタは他に負けないくらいよくなっています。

それだけでなく、QSC(Quality, Service, Cleanliness、品質、サービス、清潔さ)全体がとても向上しました。

大手チェーンの中でも一番、といっていいくらいです。なんとか持ちこたえているような状態らしい。しかし好転にまでは至っていない。

でも最近のかっぱ寿司は、行って損はありません。ネタも店舗も昔とは全然ちがいます。

一度見限った方も、ぜひ再チャレンジしてみてほしいと思います」

普段カウンターで何気なく食べている回転寿司も、「ビジネス」の目線を持ちながら食べると、また違った体験ができるかもしれませんね。

どの会社も生き残りのために知恵を絞り、お客様に美味しいお寿司を提供する企業努力を続けていることを知りました。
(つづく)

最近の回転寿司が美味しい理由 |回転寿司評論家・米川伸生 前編
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