国際親善のために必要なインバウンド|インバウンド評論家・中村正人 第3回

急成長を遂げている外国人観光客の消費額は、これからも引き続き成長するのでしょうか?

3回目の本記事は、右肩上がりで湧く日本の観光業における問題点について迫ってみます。

中村正人(なかむら・まさと)
インバウンド評論家。2000年代初めより訪日外国人市場の動向を追い、各種メディアに執筆、関連著作多数。主な著書は「『ポスト爆買い』時代のインバウンド戦略」(2017扶桑社)、「爆買いの正体」(鄭世彬氏との共著)(2016飛鳥新社)。ネット連載にForbes Japan 、個人ブログ「ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌」でも発信中。

インバウンド急増で生まれたさまざまな問題

――今までのお話を聞く限り、日本の観光立国への道はバラ色に思えます。

中村
「ところがやはり、いろいろな問題が起きています。

たとえば、これだけインバウンドが拡大しているのに、果たしてお金は誰のところに落ちているのか、といったことも問題のひとつです」

――日本人がもうかっているんじゃないんですか?

中村:
「2017年に、中国から九州へ来航するクルーズ客船が1000隻を超えました。

昨年初めて来航数が減ったように、この市場は飽和状態にあると見られていますが、クルーズ客船で来日する観光客はみんな団体客です。

彼らは上陸するとバスに乗せられ、免税店に連れて行かれる。だから地元の人たちと交流がなく、お金を落とさない。

免税店も中国や韓国資本の場合がほとんどです。ですから、地元の人たちはまったく無関心なのです。

また一昨年メディアで話題になった、中国の白タク問題も、沈静化するどころか、ますます増殖中です。

中国人が個人旅行化する中で、彼らの移動の足は在日中国人が運転する白タクで、その実態はほとんど知られていません。

せめて彼らが法人化し、確定申告してくれれば、税収が見込めるのですが。日本は彼らの営業活動のための『場貸し』をしているだけだ、といわれています」

――それは複雑な気持ちがします。他には?

中村:
「やはり一極集中があげられるでしょう。この4、5年の京都の混雑はとくにひどいものがあります。

おかげで日本人観光客が減少してきている。一般市民が市営バスに乗れない、などということが起きているのですから。

その一方、まったく外国人が訪れることのない地域はいくらでもあります。

旅慣れた海外の旅行者は、そのような地域こそ訪ねてみたいと思っているのに、その地域の人たちはどうやったら外国人を呼び込めるか、まったくわかっていません」

――東京、京都、大阪の「ゴールデンルート」へ観光客が集中しているという問題ですね。しかし先ほど、中国人観光客も個人旅行が増えてきたとおっしゃっていました。

中村:
「数が多いので、中国人観光客の動向を基準にモノを考えがちですが、欧米や台湾、韓国、香港などの人たちはずっと以前から個人旅行化していました。

ですから、いまようやく個人旅行化した中国人も含めた訪日外国人として共通の話ができる時代になったのですが、興味深い現象として、SNSの普及で、観光スポットどころか、地元の人が見向きもしなかったような場所に突然、外国人観光客が殺到することも珍しくなくなりました。

有名なのは、長野県の『地獄谷野猿公苑』です。

交通の便が悪く、最後は山道を歩かなければいけないのに、雪の降る温泉につかるニホンザルを見たい一心で、外国人観光客が集まりました。

また、突然観光地になるといえば、マンガやアニメファンの『聖地巡礼』です。

世界的に人気のマンガ『スラムダンク』に登場した江ノ電・鎌倉高校前踏切は外国人観光客が殺到し、車道に出て写真撮影する人まで現れました。

買い物だけでなく、楽しみ方が多様化した結果ですが、それが思わぬ問題を起こすこともあります。

というのも、増加があまりに急激だったため、観光客を受け入れる地域の側に準備ができていなかったのです。

こういうことは、今後も各地で起こるでしょう」

――他にはどんな問題が起きそうですか?

中村:
「急激に市場が収縮するリスクがないとはいえない、ということですね。

たとえば、日本のインバウンド市場が抱える大きなジレンマは2つあると思います。

1つ目は『天災』です。東日本大震災や熊本地震、さらには水害や台風など日本には自然災害がたいへん多い。

実際に、東日本大震災の際には、大きなダメージを経験しました。

2つ目は、外国人観光客の約半数を占める中国と韓国が、政治的影響を受けやすい市場であることです。

これまで台湾や香港、そして韓国自身も政治的な理由から中国政府によって中国人観光客の渡航を制限され、打撃を受けた経験があります。

同じことが日本にも起きない保証はありません」

インバウンドを成長させるべき本当の理由

――インバウンドが他の輸出産業と比べても、重要な地位を占めることになった以上、これらの問題にしっかり取り組んでいかなければならないわけですね。今後の課題は?

中村:
「そのまえに言いたいことがあります。

実は、今おっしゃったように輸出とか爆買いとか、金もうけの手段としてしかインバウンドが語られない現状に、私はとても不満を抱いているんです」

――と言いますと?

中村:
「つまり、数字ばかりに惑わされていると感じるんです。

インバウンドの本当の意義は、もうけることはもちろんですが、訪日外国人の存在を、日本の社会のためにどう活用していくかを戦略的に考えることです。

実は、『外国人を日本に呼ぼう』という呼びかけは、日本では1912(明治45)年に始まったことです。100年前ですね。

この年、当時の鉄道院の外局として設立された『ジャパン・ツーリスト・ビューロー』が、その嚆矢です。日本を訪れる外国人の誘致や斡旋を行う観光広報機関で、現在の旅行会社JTBの前身です。

『ジャパン・ツーリスト・ビューロー』は設立の翌1913年から広報誌『ツーリスト』を発行します。

その巻頭に『設立趣旨』の文章が寄せられ、中で『外客誘致』を提唱する目的を掲げました。

1つ目は『外人の内地消費』です。一般にイメージされる『インバウンド』ですね。

2つ目は『内地の生産品を広く外人の耳目に触れしめて、我輸出貿易を発達せんが為め』です。つまり、観光を貿易拡大につなげようという意味です。

私が注目するのは3つ目の、『遠来の外客を好遇して国交の円満を期す』というスローガンです。

『外客誘致』の目的は国際親善にあるというのです。

その後、第一次世界大戦が起きて欧州からの訪日外国人が減少したり、日中間の対立が深まった際にも、『ツーリスト』誌上で、『外客誘致』の必要性を強く説いています。これも同じ主旨からです。

100年前の日本人は、インバウンドの意義を正確に捉えていたんです」

――驚きました。

中村:
「先ほど、日本が抱えるジレンマの1つとして中国・韓国との関係を取り上げました。

その悪化を防ぐには人的交流が必要であって、それはカネやモノのインバウンドよりも重要ではないかと思うのです。

ただし、ここでいう人的交流には単に『仲良くする』というようなきれいごとの話でなく、相手を深く知ることが求められます。

お互いの違いをよく知ったうえで、賢い付き合い方を身につけるべきです。

先ほど韓国人の出国率が高く、彼らは世界に見聞を広めているという話をしましたが、日本人の出国率は実に韓国の3分の1です。これは驚くほど低いといわざる得ません。

つまり、日本人は外へ出たがらない。海外旅行者数は25年間ほとんど増えていないのです。

実はこれが日本のインバウンドにとっても、大きな問題となっています。

外に出ないので、近隣アジアの国々で何が起きているか日本人だけわかっていない。彼らの悩みやニーズをよく理解できていないのです。

それはインバウンドの問題だけではありません。

昨今の日本は、社会の各方面で世界の新しい動きをキャッチアップできず、出遅れてばかりいます。

生身の外国人と触れられるインバウンドはそれに気づく絶好の機会であるはずなのに、とても残念です。

そして、今我々が理解すべきは、インバウンドの成長が地域の若年労働者の雇用を生み出すことにつながることです。

これはヨーロッパの観光関係者の間では常識ですが、日本ではまだ十分認知されているようには思えません。

人口流出の続く地方にとって、インバウンドで成功すれば、いったん都会に出た地元の若者もUターンし、地元のために働くことができるのです。

今後、自分たちの地域が限界集落となるかは、インバウンドに成功するかにかかっているといってもいい。

今日の日本の社会にとって最も重要なインバウンドの意義は、ここにあるのです」

単に日本に多くの外国人観光客が来て、お金をたくさん落としてくれて、ホクホクする人が増えて幸せ、そんな話ではないことに気づかされました。

インバウンドの本質は、海外の文化や人を知ることにある。まさに目からウロコの回でした。次回が最終回です。
(つづく)

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取材・文/鈴木俊之、取材・編集/設楽幸生(FOUND編集部)

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