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ディープラーニングが革新するロボット産業・後編|早稲田大学教授 尾形哲也

ロボットの能力向上のために応用が始まりつつあるディープラーニング。特に今まさに始まった「産業用ロボット×ディープラーニング」というテーマは、テクノロジーの動向を語る上で、最もホットなトピックとなるでしょう。

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前編では、人間により近い「視覚」、「触覚」、「力覚」などの能力を産業用ロボットに持たせるための研究が全盛を迎えつつあること、また「ロボット × AI」を取り巻くアカデミアの世界で地殻変動が起きているという事実について尾形氏にお伺いしました。

後編では、尾形氏が進めているプロジェクトや研究実績のお話や、これからの産業用ロボット×ディープラーニングというテーマを掘り下げていきたいと思います。

尾形氏の直近の研究成果の一例としては、日立と共同研究する「ドアを開けて通過するロボット」があります。同ロボットの全身制御には、ディープラーニングが使用されています。

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尾形教授:
「ロボットを知能化する研究には、おおまかにふたつの方向があります。ひとつはロボット自体が頑張って学習する『強化学習』と、もうひとつは人間の動きを模倣させる『模倣学習』です。

日立との共同研究では、後者の技術を取り入れドアを開けて自律的に通過していくロボットを開発しました。研究過程においては、ドアを認識する、開ける、通り抜けるなどのタスクは別々に学習させます。

しかしその後、ロボットは自らその一連の動作を繋いで適切な動きのフローを実現していきます」

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尾形氏らが開発するロボットの特徴は、頭の中で常に「未来の状況を予測」することです。

より正確には「未来にそうなるであろう状況のイメージ」を、常に頭のなかに「生成」し続けています。ディープラーニングは、与えられたデータを学習することで、それまで存在しなかった新しいものを「生成」する能力を持っています。

例えば、猫や人の画像を大量に学習させると、それまでなかったまったく新しい画像を生み出すというようなことが可能なのです。最近、巷ではその生成能力、もしくは生成された新たなイメージや動画は「ディープフェイク」という名で呼ばれています。

尾形氏らが研究する「ドアを開けて通過するロボット」は、その生成能力を応用し、0コンマ何秒後に予想されうる未来のイメージを常に頭の中に描き続けています。そして、その未来の状況に対応するための動きも同時に生成します。

実はこのロボットの動作原理は、「人間と同じ」と尾形氏は言います。人間が見ていると思っている世界は、「そうなるであろう」と脳が想像した「未来のイメージ」です。

つまり、人間の脳は「少し先の未来のイメージ」を生成し続けており、人間はその“脳内世界”で状況を判断し、次の行動を選択しています。その能力をコピー・移植したのが、尾形氏らが開発するロボットなのです。

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尾形教授:
「開発した新しいロボットは、従来のロボットとは異なり、ドアの位置が少々変わっても柔軟に対応することができます。

というのも、自分がこう動いたら、イメージや視覚もこう変わるはずだ、またこう動けばいいはずだという、視覚と手の動きディープラーニングで予測させて実際に処理させているからです。

しかも、学習ですべてやっていくので、ロボットのプランニングモデルの開発(プログラミング)をする必要ありません。

つまり、これまで数ヶ月かかっていた開発が数日で終わる。ドアノブを変えても1日、ドアノブを押すタイプから引くタイプに変えても1日、どんどんモジュールを足していけば複雑な処理をできるようになります」

この尾形氏らのディープラーニング技術は,さらにアーム型の産業用ロボットにも応用されています。例えば,人間より正確に計量を行える技術を、顧問を務めるエクサウィザーズ,DENSO、大成建設など大手企業とともに開発しています。

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尾形教授:
「企業の工場などでは、製品を製造する過程でさまざまな液体・粉末原料を扱うケースがあります。ただし、それが特殊な粉だったり、放射性物質だったりすると、現場のスタッフの方々が手作業でやるのは困難だし危険。

そこで人間の能力をディープラーニングで移植して、ロボットに正確かつ素早くこなさせようという研究を行いました。その過程では、対象物が粉なのか液体なのか、またねばねばなど粘性がどれくらいなのかを、ロボットが初見で判断して、誤差なく適切な計量を行うことに成功しています」

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ディープラーニングを使って、ロボットの動きをより人間に近づけようとする尾形氏の成功的な研究事例はその他にもあります。

例えば、それぞれ形や状態が異なるタオルを畳む技術、サラダを盛り付ける技術がそれにあたります。

通底しているのは、いずれもディープラーニングを使って、データを学習させさせれば環境モデルや制御などのプログラミングせずともロボットが勝手に動作を覚えて実行していくという点です。

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尾形教授:
「産業用ロボットにディープラーニングを適用する研究が進み、私個人としは技術的に実用化も視野に入ってきている段階だと考えています。

とはいえ、メーカーや企業の中で、ディープラーニングに対する姿勢は割れているというのが現状。その理由としては、もそもディープラーニングなど機械学習が再現する動きの精度が100%ではないということ、またブラックボックスが生まれてしまうという特徴があります」

ロボット大国という名称を冠する理由になった日本の産業用ロボットは、高品質、つまり限りなく100%に近い精度を発揮することを競争力のひとつとして、国際市場で支持を集めてきました。

しかし、ディープラーニングは95%ほどの精度は担保できるものの、多くの場合、完全に100%にまでは至らないという性質があります。

そもそも、「教えられたことを忠実にやる技術」ではなく、「試行錯誤を繰り返して正解を学ぶがため、他のケースにも柔軟に対応できる技術」なのです。

前者と後者は本質的に異なる技術なのですが、現在の日本のロボットメーカーは、どちらかというと前者を徹底することで覇権を勝ち取ってきたという成功体験に支えられています。

そのため、ディープラーニングについて懐疑的な関係者も少なくないというのです。もうひとつが、ブラックボックスの問題です。尾形氏は言います。

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尾形教授:
「これまでの産業用ロボットのプログラムは、人間が考えうる限界のなかでつくられてきました。しかし、ディープラーニングはデータを集めてくるとアルゴリズムが生まれるという性質のもの。

すなわち、人間の認知限界を超えた膨大なデータを学習して能力を発揮するということがメリットなのですが、一方で入力次元が数千、数万、数十万あり、数億、数十億というネットワークのなかでアウトプットが吐き出されます。

その関係性を理解する手立ては、今のところ人間にはありません。そのため、何か機械やロボットに不具合があった際には、人間が理解できないブラックボックスになると困るという訳です」

まず、精度の問題に関しては、「ロボットは必ずしも一度で成功する必要はないタスクも多い.数度やり直しをさせることで、精度を100%に近くするという考え方が重要」と尾形氏。

また「ブラックボックスの問題に関しては、ホワイトボックス化する技術の開発とともに、ブラックボックスであることを受け入れていくことも重要でないか」と説きます。

人間のパートナーとしては「盲導犬」や「空港警備犬」が挙げられますが、彼らの頭の中は人間には分かりません。ブラックボックスなのです。

ブラックボックスなのです。しかし、人間はその“精度”を信じて疑いません。(たまに噛まれることもあるかもしれません)。理解できない存在を認めて共存するという選択は、「人工知能」もしくは「ディープラーニング」にとっても必要となっています。

「いずれにせよ、産業用ロボットとディープラーニングというテーマは、世界的に加速していくでしょう。最終的に、少々のリスクを背負ってでも、使い倒した企業が競争力を確保し勝者になると思います。

一にも二にも、ディープラーニングという技術の特徴を周知することが必須ですし、私個人としてはそのスピードを上げていかなければならないと日々、感じています」

IT系のサービスロボットだけでなく、モノを扱い処理する産業用ロボットへの応用が進むディープラーニング。その掛け合わせの新たな成功体験は、技術への理解と未知への挑戦から生まれるのかもしれません。

尾形先生、本日も貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました!

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取材・文/河鐘基(ロボティア)、写真/荻原美津雄、取材・編集/FOUND編集部

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