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長寿企業はビジョナリーカンパニー である|グロービス経営大学院 経営研究科 田久保 善彦・後編

長寿企業について迫るこの連載も、いよいよ最終回を迎えました。

今回は「長寿企業」が長寿企業たるゆえん、その秘密と奥にあるアイデンティティーについて探っていきたいとおもいます。

今回もグロービス経営大学院の田久保先生にお話をうかがいます。

田久保 善彦
グロービス経営大学院 経営研究科 研究科長
慶應義塾大学理工学部卒業、修士(工学)、博士(学術)、スイスIMD PEDコース修了。三菱総合研究所にて研究、コンサルティング業務に従事。現在グロービス経営大学院の経営に携わる傍ら、リーダーシップ系科目の教鞭を執る。経済同友会幹事、ベンチャー企業社外取締役、顧問等も務める。著書に『志を育てる』、『これからのマネジャーの教科書』(東洋経済新報社)等。

なぜ、長寿企業であるほどチャレンジできるのか

――前回お話をうかがうまでは、長寿企業というのは保守的だと勝手にイメージしていました。

田久保善彦氏(以下、田久保):
「ふたつの側面があると思います。

ミツカン(創業1804年)は経営を受け継ぐと『中野又左衛門』を襲名します。これだけを取り上げると、古い体質のように思うでしょう。

しかし別の側面から見ると、たいへん先取の気風のある企業だとわかります。たとえば、そのミツカンは、日本で初めてハンバーガーショップをつくった会社なのです」

――少々混乱しますね。どう解釈したらいいのでしょうか?

田久保:
「長寿企業はチャレンジングなんです。そうでなければ、江戸、明治、大正、昭和、平成、令和と、世の中が何度もひっくり返ってきたこの数百年を生き抜くことなどできません。

ただし、チャンレンジする時は、かならず大けがしないように手を打っているんです。

さらに分析すると、その手とは『自分たちの強みを生かせない分野には手を出さない』ということだとわかります。

たとえば、明治以降には政府が主導して産業を興し、それが軌道に乗ると民間に払い下げることが盛んに行われました。

とても旨みの多い案件に思えますが、岡谷鋼機などは当時、言下に断ったそうです。自分たちとは関係のない分野だからという理由です」

――身の丈を知っているんですね。

田久保:
「そうです。企業にとって、身の丈とは『自分たちは何屋であるのか』ということです。この範囲を越えません。

だから長寿企業には、1990年前後のバブル経済期に、土地や株に手を出さなかったところが多いんです。M&Aも頼まれた案件以外には手を出さないという姿勢です。

なぜ、そんなことができるのか?それはやはり、『継続』というミッションがしっかり根付いているからだと思います。だから目先の利益に心を動かさないんです」

――『理解できないことには手を出さない』とか『長期で株を持つ』『安全域を持つ』といったウォーレン・バフェットの投資方法と、長寿企業の在り様が似ているように思います。

田久保:
「投資と投機は違うし、チャレンジと無謀も違います。

長寿企業は投資をし、チャレンジをしますが、『勝ち筋』の見えない、投機や無謀なふるまいはしません。そういう点は通じるところはあるかもしれませんね」

「自分たちは何屋か?」を問い続ける大切さ


――「自分たちは何屋か」を理解できればいいんですね。案外、簡単そうです。

田久保:
「本当にそうでしょうか?たとえば、何度か例に挙げている岡谷鋼機は、そもそも農耕に使う鍬を扱う会社として興り、商社として発展しました。

しかし、半導体メーカーのインテルを初めて日本に紹介したのも彼らです。この場合、岡谷鋼機は自分たちを何屋だと考えていたと思いますか?」

――鍬と半導体?さっぱりむすびつきません。それこそ無謀な投機だったのではないのですか?

田久保:
「『自分たちは何屋か』と問う行為を『自己定義』と名付けましょう。岡谷鋼機は『自分たちは関係性をすりあわせる能力に長けた集団だ』と自己定義していたんです。

つまり、売りたい人と買いたい人の関係性を調整するプロだということです。

商材は何でもいい。だから新興の半導体メーカーだったインテルを見つけ、そこに可能性を見出し、取り扱うことを決めたわけです。

『自分たちは鍬を始めとする鉄を扱う商社だ』と自己定義していたらどうだったでしょう。

インテルなど歯牙にもかけなかったのではないでしょうか」

――自己定義が視野の広さを決めたんですね。

田久保:
「一つ例を挙げてみます。米国のイーストマン・コダック(創業1880年)は、自分たちを『フィルム屋』だと定義していました。だから、フィルムカメラの衰退とともに市場から消えました。

一方、日本の富士フイルム(設立1934年)は危機に際し、自分たちを『ファインケミカル(精密化学製品)のプロである』と再定義しました。

だから化粧品の『アスタリフト』を始めとして、自分たちの強みを生かした幅広い分野に進出し、成功を収めることができたわけです」

――長寿企業というのは、危機のたび、自分たちの長所を生かすための自己定義を繰り返しているわけですね。

田久保:
「そうです。自己定義ができていなかった企業は、不動産屋でもなければ金融のプロでもないのに、バブル経済の熱風にあおられて、土地や株に手を出した。その結果、市場から消えていきました」

企業が正しく自己定義するには

――自己定義というのは、企業にとってたいへん重要なことなんですね。

田久保:
「私はそう思います。それにもかかわらず、この問いに答えることができる経営者は多くないかもしれません」

――それは大問題です。

田久保:
「考えていないわけではないと思います。ただ、答えを出せないのでしょう。たしかに、むずかしい問題なのです。

どうしても表層的な答えを出してしまうんですよ。酒造メーカーなら『ぼくたちはお酒を造っています』といったところへ行き着いてしまうんです。

そうではなく、本質を突いた自己定義をもたなければいけないんです。

たとえば月桂冠は、自分たちを『勘と経験を科学する力』に秀でた企業だと考えています。これが彼らの自己定義です。

この自己定義から出発したからこそ、月桂冠は海外で初めて日本酒を造った会社になりました。

醸造工程を科学的に分析してプラント化し、杜氏という人の力に頼らずに済むようになったからです。

『ぼくたちはお酒を造っています』という自己定義なら、従来の日本酒造りから一歩も動けていなかったでしょう。

ここまで掘り下げて初めて、企業の自己定義と言えるのです」

――自己定義の問題は、スタイルに関係なくすべての企業にあてはめることができます。また私たちからすると、強い企業を見極めるヒントにできます。

田久保:
「自己定義がブレているとすべての企業活動がブレてしまう。流行っているからとよくわからない分野に手を出したり、効果の期待できないM&Aを行ったりするんです」

――参考までに、このグロービス経営大学院の自己定義は?

田久保:
「本大学院には、さまざまな方が取材にいらっしゃいます。そこで聞かれるのはやはりMBAの中身に関することが中心です。

みなさんは、それが成長の元であり、本質だと考えていらっしゃる。たしかにその通り部分もあるのですが、私の考えている自己定義は少し違います。

『場の熱を上げる力』そして『やる気のある人を集め、コミュニティ化し、その場の熱量を上げる力を持ったビジネススクール』です」

――その手段がたまたまMBAだったということですか?

田久保:
「そうですね。私たちの教えるファイナンス理論とハーバード大学で教えるファイナンス理論の数式に差異はありません。違っていたら困りますよね(笑)。

しかし、われわれは『やる気のある人を集め、コミュニティ化し、その場の熱量を上げる力を持ったビジネススクール』である定義すると、いろいろな違いを生み出すことができるわけです」

――それが個性になる気がします。

田久保:
「その通りです。そこへ経営資源を集中していくのです。こうして積み上げていったノウハウは、他ではまねしにくいと思います。

最近は、どんな企業でも他社との差別化に頭を悩ませていますが、私は、この自己定義の中にしか、自社を際立たせる方法はないと思っています」

――自己定義の重要性は理解できました。正しく自己定義するにはどうすればいいのでしょう?

田久保:
「よく考えるしかないでしょう。そればかり考えるべきだと言っても過言ではありません。

ただし、この『よく考える』というのが伝わりにくいんです」

――ヒントがほしいところです。

田久保:
「たとえばこんな方法はどうでしょう。『企業のすべての差別化要因は、創業者の志につながっている』と私は考えています。それを考えるきっかけにするのです。

創業者は『こういうことをやりたい』『こういう価値を世の中に問いかけたい』『こういうふうに社会に貢献したい』という思いがあって会社を創業します。

これが3人くらいの規模なら目を見て話せばわかる。しかし30人、50人、100人となったら、文章にしないとわかりません。

こうして、企業理念、社訓、社是と呼ばれるものが出来上がる。これがすべての始まりであり、唯一無二のものです。

しかし人が増え、時間が経過し、さまざまな出来事に対処していくうちに、それが忘れられてしまう。あるいは本来の意味がどこかへ行ってしまう――。だから、それが何であったのかを思い出すのです」

――この自己定義がしっかりしているからこそ、変化に対応でき、チャレンジが可能だったということですね。

田久保:
「そうです。そしてまた、個人についても同じことが言えると思います。

私はよく自分の講義で述べるのですが、自分の能力をレーダーチャートで表した時、そのうちの1度については、ある種傲慢なほど自信のある人は、残りの359度については驚くほど謙虚だという強い傾向があるのです。

よい経営者だと感じる方は、このタイプがほとんどです。

一方、それがないと感じている人は、過剰に防衛的になったり、劣等感を隠すために先制攻撃を仕掛けてきたりするケースが多いんです。

そういう人は周囲から敬遠され、結果として力を失います。

しかし、秀でた能力がひとつもない人はいません。

それなのに、つい劣等感をもってしまうのは、自己定義という作業をなおざりにしているからなのではないか――。

長寿企業の在り様は、このように人間の活動についてさまざまなことを考えさせてくれます」

――数百年にわたる企業の歴史から、人としての在り方についてまで、広く深いお話でした。ありがとうございました。
(おわり)

長寿企業経営の秘密とは?|グロービス経営大学院 経営研究科 田久保 善彦・前編
長寿企業の明確なミッションとは?|グロービス経営大学院 経営研究科 田久保 善彦・中編
長寿企業はビジョナリーカンパニー である|グロービス経営大学院 経営研究科 田久保 善彦・後編

取材・文/鈴木俊之、写真/荻原美津雄、取材・編集/設楽幸生(FOUND編集部)

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